砂漠の楽園

 幾日もの夜と昼を繰り返し過ごし、季節が一つ分程過ぎた頃。

 ぽつりぽつりと人を見かけるようになった。オアシスを目指す旅人達だ。

 俺達の周りに虎がいても逃げ出したりする様子が無い。かといって、心配して助けに来てくれるという訳でもなく、なんだか遠目から拝まれているようかのように感じるが、そのうちの一団中から人が近づいてきた。


「虎を連れているなんて、伝承の虎神様みたいだな。あやからせてくれ」

 フレイルーナと名乗る背が高く引き締まった女性がやって来て、独特の言い回しで虎達を拝んだ。聞きなれない言葉だが歌だろうか。

「なにかの歌ですか?」

「『陽気に歌え雨よ降れ』という伝承の歌だ。虎神様が泉に歌と踊りを捧げて、雨を降らせてくれたというお話があるんだ。あたしらの一団はオアシスに着いたら歌って踊るんだ」

そう言い、もう一度歌を歌い始めた。女性にしては低音で良く通る声だが、すぐに歌声は途中で途切れた。

「うわっ。そっちの兄さん、ずいぶんその……綺麗なお顔で……。まさか、本当に虎神様?」

 ナディをまじまじと見つめ「虎神様は夫婦神様で赤髪だと聞いていたけど……」と目を丸くする。

 ナディはフレイルーナからの視線に、あからさまに外れるようにフードを目深にかぶり直すが、フレイルーナは気にする様子はない。

「あんたまさか、虎神様の子孫とか兄妹とかじゃないのか?神様にも子孫はいるのかな」


「虎神様って、砂漠の旅人を守る伝承の?」

「そう、その虎神様だ。でもただの伝承じゃない。うちの集落の爺様連中は虎神様に会ったことがあるのが何人もいるんだ」

 フレイルーナは虎神様の話題に感情がのってきたのか、矢継ぎ早に語りだした。

「親父は子供の頃に一度会ってそれっきりって話で、あたしもいつか会えると思ってるんだ。いや、もうなんでも良いからオアシスに着いたら一緒に踊って貰えないかな?最近はオアシスの水量が減ってきていているから、なんでも良いからあやかりたい」

 フレイルーナが熱心に口説くのでナディは一緒に踊る約束を引き受けた。

 もしかしたら歌は嫌いなのかな?と思ったが、ナディは気に入ったみたいで、歌を教えて貰らって口ずさみながら一緒にオアシスを目指した。


 そうこうしていると大きな岩場が見えてきた、と同時に少し涼しい風が吹き、水の匂いがする。

「あの岩場の下がオアシスだ」

 大きな岩場は近づくとますます大きくなり、見上げると山というか険しい崖のようだ。


「見えてきた、ほら、もう少しだ」


「ナディ。ここ……」

「うん。オレ、この先は縄張りの気配が強くて行けない。だからここで待ってる」

「わかった。行ってくる」


「あ、アーク、そっちは行かない方がいいぞ。虎の住家だ」

「ありがとう。気を付けます」

 フレイルーナの忠告に適当な返答をしながら一人で走り出すと、後ろから虎が追いかけてきた。アルだ。

 すぐに追い越され、アルは先行して走り出す。案内してくれるのだろうか。

 たどり着いた岩場の先を華麗に登っていく。

 少し俺には登るのが厳しいが、アルが案内してくれる足場にならい、必死に着いて行く。

 手がしびれ、だんだんと足は思うように上がらなくなり、汗が目に染みる。

 やっとの思いで登りきると今度は下りだ。下から見上げた時には分からなかったが、すり鉢のように崖に囲まれている。


 アルは登り切ったところで疲れたのか、道案内を辞めたみたいだ。座って、尻尾を振り回し景色を見ている。

 自分も息を整えながら岩場を改めて見渡す。これから降りる先の中心は緑色で瑞々しい植物が茂っている。しばらく目にすることのなかった砂以外の世界だ。水の匂いも濃くなった。

「楽園……」

 思わずそんな言葉が漏れたと同時に鼓動が跳ね上がった。

 目を凝らしてみる。いた!リンだ。

 明るい陽射しの中、宝石みたいに煌めく青い光を目指して転がり落ちるように崖を下った。

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