4章:雨降り竜と
リン
悲しい夢を見ていた。
泣いても泣いてもどうにもならなくて、皆に置いていかれ、体が動かなくて固まってしまった。
うずくまることしか出来ず涙も出なくり、ふと気づいたら父さんがそばにいた。
久しぶりに会えた父さんに嬉しくて、すぐに駆け寄った。それなのに駆け寄っても駆け寄っても同じ分だけ離れていってしまった。
それに、声が良く聞こえない。けれど父さんは代わりに、ミスティ達の声を風に乗せて運んできてくれた。
家族の声が聞こえてきたので、いつものように私は安心して温かい気を貰った。じんわりと体に力が染み渡る。
私の声はうまく届かなかったようだけど、一生懸命雨を降らせたら気づいてくれた。
皆もなにか言っていたが、まだ体をうまく動かすことができなかったし、この寝床が柔らかくてふわふわして気持ちが良いので目が開けられなかった。
「母さん……」なんだか、覚えていない母を呼んでみた。
目が覚めた時、ここがどこか分からなかった。けれどこんなに体が軽くてすっきりして気持ちが良いのは初めてだった。
ぼんやり目をあけると目の前にはイーサがいた。
ずっと見ていた夢の中ではなにか悲しいことがあって、イーサにだけは会えなかった。
そっか夢だったんだ……。
ほっとして、目の前のイーサに抱き着いた。
「イーサ!怖い夢を見たの。あのね、あなたがいなくなって……もう会えなくて。でも良かった。夢だったのね。でもね、楽しい夢も見たのよ。父さんと母さんも出てきて……」
なんだか少し違和感を感じて顔を上げた。
「……イーサ?」
目の前にいるのはイーサと同じ髪の色と同じ瞳をしていて、雰囲気もよく似ている。
けどなにかが違う。
なんだろう……少し考えてみたらすぐに分かった。
「アーク!アークね!!大人になったのね」
そういえば私も昔、一晩で急に手足が伸びて大人の姿になった。
アメリアとアルヴァはゆっくり時間をかけて大人になっていったから、人は一晩で大人にならないと思い込んでいた。
アークは私と同じだったんだ。
「少しびっくりしたけど、私も急に手足が伸びたの。だから驚かないし、すぐわかったわ」
すぐに見抜けたので、得意げになって言ったらアークは泣きそうな顔をしていた。
「何言ってるんだよリン。十二年もこんな遠くで寝てるなんて」
知らない声で涙ぐみながら、一旦離れた私を今度はアークからぎゅうぎゅうに抱き締められた。
「迎えに来たよ」
何を言っているかよくわからなかったけど、アークが泣いているので頭を『よしよし』してあげた。
思ったように手は届かなくて、アークの肩も手もいつもよりゴツゴツしていた。
しばらくその態勢のまま時間が過ぎ、体を離すとアークは泣き止んだけど顔が真っ赤に染まっていた。
「リン。えっと……服着て」
アークが目線を逸らしたと思ったら急に視界が薄暗くなった。アークのマントだった。一緒に砂がサラサラと降って来る。
そういえば寝ていたから裸ね。
私は服は重くて窮屈で好きにはなれない。でも、イーサにもアメリアにもよく裸でいると怒られたことを思い出し、きちんとマントを被り直して身なりを整えた。
「あれ?リン、なにか落としたよ。……鱗?」
アークが拾って見せてくれたのは鱗だ。
「え?」
鱗が落ちるなんて今まであったかしら……。
「どこか怪我した?」
「どこも痛くはないわ」
「そう?なら良いけど。そうだ!俺も旅の途中で竜の鱗を拾ったんだよ」
アークは今拾った鱗を左手に持ち替え、服の中から別の鱗を出した。
「ほら」
見せてくれたのは、今にも朽ちて風に飛ばされそうな
「父さん……」
父さんの鱗だ。
私が知っている色とりどりのお花みたいだった鱗ではなく、輝きも力も失っているけれどすぐに分かった。それと鱗からではなくて、他から微かに父さんの気配を感じることに気づいた。
どこだろう……アークの背中だ。
「アーク、その荷物」
言われて、アークは荷物をひっくり返す。
「たぶん、これだ」
差し出されたのは種だった。父さんの気配を感じる。
「リンを探しに行った先で鱗を見つけて、種は同じ場所に生えてた紫色の花の種だよ」
「父さんだわ……」
「集落には竜も人も誰もいなかったけど、これを手掛かりにいろいろ探し歩いて、いろんな人に導いてもらってここまで来れたんだ」
種と鱗をアークから受け取りきつく握り締める。私がさっきまで夢の中で感じていた父さんだ。
「種をここに植えても良い?」
「うん。リンの思うままに」
軽く土を掘り、受け取った種を撒いて土をかぶせると、お水をあげなくてもあっと言う間に紫色の花が咲き、父さんの気配は空気に溶けて消えた。
少し迷ったけれど、鱗もこの場所に一緒に埋めることにした。
「綺麗……」
「うん。花はリリスが家でも大事に育てているよ。さぁ、帰ろう」
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