アークと虎
二頭の虎が周りをうろうろしている……。
パールは泣きじゃくった後、ひっくと涙を拭いながら言った。
「アルとロックが一緒に行く」
虎が一緒に来てくれることを知ったナディは、ぱぁっと表情が明るくなった。
「オレと虎達が落ち着ける場所までアークと一緒に行く」と嬉しそうに言い直すナディを見てしまうと「虎が怖い」とは言えなくなってしまった。
「噛んだら駄目」と言い聞かせられながらナディに頭を撫でられる虎と目が合う。
「よ、よろしく」
意を決して恐る恐る手を出すと、どちらかの一頭が首元のゴワゴワした毛を少しだけ触らせてくれた。
もう一頭は少し距離を取ってグルグル唸っている。そちらは俺が鼻を火傷させてしまったアルで、撫でさせてくれた方がロックだと思うのは気のせいではないだろう。
虎達は、大人しく積み荷を括りつけられて、飲み水を背負ってくれた。
ナディが一緒に行くことになったので、マフ老師は日持ちする食料の他に蜜や油、炭などあれもこれもと色々持たせてくれ、虎達も俺もナディもかなりの重量の荷を背負って、二人と二頭で出発した。
竜はどちらに数えるのだろう、一人と三頭かもしれない。
「母様から雨降り竜のオアシスの話を聞いてきた。案内する」
そう言いながらナディは手をさっと上に掲げる。
とたんに降り注いでいた日差しがいくらか和ぐ。これが陽の竜の力なのかもしれない。
「気持ちいいな。オレ、砂漠でお日様を浴びているだけでずっと一人でも生きていける気がする」
ナディは昼間は陽気によく喋った。
診療所にいた頃は口数は少なめだったのが嘘のように、家族のこと、虎達のこと、砂漠のこと、話は尽きなかった。
日が暮れ、夜になると口数は少なくなってきた。
野営の準備をして食事を終えても顔色はあまり良くない。
「大丈夫?疲れた?」
「大丈夫じゃない……」
「辛かったら、元の姿に戻って寝ていいよ。誰もいないし」
「いい、お前と同じ姿でいた方が気を貰いやすくて落ち着く」
焚火の正面にいたナディは、のろのろと横に来て座り直す。
「突然切り離された感覚がするんだ、すごく心細いというか……寂しい」
そう言って、もたれかかって来るので、身動きが取れなくなっしまった。
アルとロックは一頭ずつ両脇を固めるように離れた所で身を丸めている。周囲を警戒してくれているのだろう。
片付けは後にして青白い月の光の中、安心して寄り添って朝まで眠った。
冷たい夜はしんとして、凍えそうなくらい寒かったので、ナディの温かさが心地よかった。
陽が登り朝になると、ナディは夜に気弱だったのが噓みたいに陽気に道中を進んだ。
歩くのは慣れていると思っていたが、久しぶり砂の中はなんだか上手く進めなくて体中が痛くなった。
それでも、精霊様の地図を頼りにミルヒ先生と作った果実漬けとナディのお気に入りの干し果実をかじりながら着々と歩を進めて行く。
水場は一人だったら見つけることはできなかった。
地図を見て、水辺だと思って近づいても大抵そこには何もなかった。岩場の裏や周辺を丹念に調べて見渡しても砂ばかりだ。
精霊様の地図はもう使えないのかと絶望的な気持ちになったが、虎が小さな窪みの前で砂を掘り出した。穴の中に手を入れると窪みの奥底にはぬるい水が少しだけ溜まっていた。
それに、虎達は木陰を探し、ネズミを獲って来てくれる。
アルとロックが一緒に来てくれることは、荷物を背負ってもらってるだけではなく、食料を獲り、周囲を警戒してくれ、砂漠の獣に襲われることもない。これ以上心強い旅の仲間はいなかった。
しばらく旅を続けるうちに、ロックは水や調理した肉を手から受け取ってもらえるようになった。
アルと仲良くなれるのはまだ時間がかかりそうだが、虎が怖いと思うことはなくなっていった。
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