ナディの旅路

 出発する日の朝、寝台にナディ姿は無かった。

 ナディは、夜更かしはしないが早起きもせず、大抵は陽が出るまでは眠っている。

『ナディが先に起きているのは珍しいな』と思いながら身支度をするが、診療所内にも見当たらない。水でも汲みに行ったのだろうか。


「おはようございます。ナディは?」

「いないのか⁉」

 老師は見てわかる程に顔から血の気が引き、立ち上がったイスが倒れて大きな音がした。

 老師の動揺する姿を目のあたりにして、事の重さに気づいた。


「昨晩はナディは俺より先に寝ていました。誰かが侵入してナディを連れ去ったとしたら気づくと思います」

「ナディが自分の意志で出かけたか……どこへ……」

「今までこういったことは?」

「無い。水でも汲みに行ったのかもしれん」

「探します。老師は家にいてください」

「いや、儂も行く」

 押し問答の末、テーブルの上に書き置きを残し、二人で探しに出た。

「儂は守衛団と水場へ行ってみる」

「俺は市場と仕事で行ったことのある場所を回ってみます」

 街中を探し回り、何度か老師と合流して診療所に戻り、また探し回ってもナディを見つけることは出来なかった。


 街の外かもしれない。ナディとラクダの糞を拾いに行った場所へ行ってみようと、西の門の方に向かうと遠方に人影が見えた。

「ナディ!!」

 偶然近くにいたマフ老師も俺の声を聞きつけ、走り寄って来た。

「ナディ……」

 老師は息が切れ切れのままナディに抱き着く。

「黙っていなくなるでない。心臓が止まるかと思ったわ」

「ゴメン爺ちゃん」

「良い良い、無事か?怪我などしておらんか?」

「うん」


「心配したよ。どうしたの?」

「オレも一緒に行く」

「?」

「オレもアークと一緒に行く」

「一緒に?リンを探しに一緒に行ってくれるの?でも、折角仕事をして、文字も貨幣も覚えてこの街に馴染んできたところじゃないか」

「元から街は出るつもりだった」


 マフ老師は俺達のやり取りを息を整えながら、ぽかんと見つめているだけだ。

 ナディの申し出を受けても良いのだろうか。ナディの為にはどちらが良いのか分からない。


「にぃに~」

 そうこうしているうちにパールがやって来て、ナディの後方からすごい勢いで飛びついた。

 ナディは振り向いたものの、態勢が間に合わず前のめりで砂に膝と手をついた。

 パールはナディの態勢などお構いなしだ。

「どうしてすぐ行っちゃうの?久しぶりに会えたのに」

「アークと行くことにした」

「でもっ、もう少し一緒にいれるもん。まだ大丈夫だもん」

 パールはナディをじっと見つめ、泣きながら声をあげる。


 ナディは砂の上で態勢を整え、一旦パールを引き離して向かい合う。

「にっ……にぃににはもう会えないの?」

「番を見つけたらまた会える」

「ダメなの?番がいないともう会えないの?」

「すぐ番を見つける。それでパールにも父様にも母様にも会いに戻って来る」

「本当?すぐに会える?」

「ああ」

 パールは再びナディにぎゅっと抱きつく。

「絶対すぐに会いに来る?」

「ああ。絶対」

 パールはそれでも顔を赤くして長い間泣き叫び、しゃくりあげ、最後に声を絞り出した。

「……にぃにの番はパールもすぐに大好きになると思うの。絶対だよ。約束」


 俺と老師は見守るしか出来ず、パールとナディの別れの雰囲気に心が痛んだ。


 ナディは立ち上がり、改めてこちらを見て言った。

「オレ、アークと一緒に行く」

「分かった。俺はナディが一緒に来てくれると大助かりだ」


「アーク、……にぃにと仲良くしてね」

「アーク、ナディを頼んだぞ」


 パールとマフ老師にも固く約束した。

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