決意

 夕方はラクダの糞を拾いに行き、夜はナディに文字を教える。ナディはどんどん知識を吸収し、毎晩楽しそうに手を動かしている。

「出来た。次は計算教えて」

 文字を覚えたナディは、次は硬貨を右に移動させたり左に移動させながら声を出してお金を数える。指も使っている。

 それを見守りながら、俺は俺で別の計算をしている。

 らくだの値段、一日の生活費、手が使えるようになるまでの日数、考えることが一杯だ。

 考えても考えても自分の望む答えにはたどり着けない。

 糞拾いの仕事では働いても働いても、ラクダはすぐには買えないことが分かっている。アイスクリームを売っていた頃の売り上げの二年分位はかかるかもしれない。

 一度学園都市に、いや故郷へ帰って立て直すか。ここまで来て引き返す決心はつかず、進むことも決断できない。

 いろいろな思いがグルグルと交差して、最適な道が見えてくることはない。

 考えながら、手元では乾した砂漠の万能薬を乳鉢に入れて粉にしていく。

 毎晩作業していたので、粉にする分はこれで最後だ。次は虎に破られたザックを繕うことにした。

 左手は大分良くなったが、まだ使いづらく上手に縫うのは難しい。それが幸いしたのか、手作業のペースが落ちると、グルグル回転していた思考も少し落ち着いてきた。


「根をつめすぎじゃ」

 頃合の良いところで老師がお茶をいれてくれた。ナディはすぐに熱々のお茶を躊躇なく飲み干す。

「オレお茶好き。人しか飲まないやつ」

 俺とマフ老師は『ふーふー』と少しづつ冷ましながら一息つく。

「なに考えておったんじゃ?」

「……なにを考えていたのでしょう。なにを考えるべきかも良く分かってなくて、なにも答えは出なくて、とにかく落ち着かないというか……」

「それでも、まずは落ち着かなくてはな。お前さんが一番やりたいことはなんじゃ?」

「リンを探しにいくことです」

 これは断言できる。

「一つ一つ確認していきなさい。探しに行くために必要なことは?」

「腕を治すこと、お金を貯めること、準備を整えていくこと」

「腕はもうじき良くなる。お金もそのうち貯まる。そうしたら準備もできるだろう」

 老師が言うことは分かってはいる。一つ一つやるしかない。

 ただ、腕を治すのもお金が貯まるのも、時間がかかるのを受け入れることができず、只々気がはやる。


 そういった日々を過ごし、悩んでも悩まなくても時間は過ぎ、破れたザックの修繕も終わった。

 

 老師の言うように、腕は順調に回復していった。

 手がある程度使えるようになると、仕事はいろいろ選べるようになった。氷作りに、薪集め、毎日ナディと一緒に街の人たちに混ざって働いた。

 お金も少しづつ稼げるようになったが、頭の片隅に引っかかっていた漠然とした不安がはっきりと形を現わしてきた。

 あまり考えないようにしていた、考えたくなかったことだ。

「ナディは街の泉に精霊様の姿が見える?」

「見えるよ」

 今まで怖くて聞けなかったことの質問と答えは、認めたくないことを認めることになった。

 俺はもう精霊様を見ることができないのだ。


 精霊様が力を貸してくれた水源がわかる地図はいつまで使えるのだろうか……。

 この地図が使えなくなっても砂漠を進むことはできるだろうか。

 精霊様が見えなくても地図には精霊様の力が残るのか、ある日突然役目を終えるのか分からない。今はまだ、地図からは水源の場所には波紋が浮き出ているが、ラクダを手に入れるのを待っていたら間に合わないのではないだろうか。


 決断しよう。そう思うと、ずっと考えていた答えが出た。

 「泉の地図が使えるているうちに、先に進みます」

 マフ老師とナディにそのことを告げた。

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