仕事
ナディと一緒に守衛団に向かう。
「ナディはこの街に長く住むの?」
「……いや」
聞いてみたものの、守衛団は診療所から近い場所にあったので、きちんと話をする時間が取れないまま、すぐに到着してしまった。
早速、窓口で仕事の相談をする。
この街で出来る仕事は、氷作り、水源の調査報告、薪集め、臨時の店番もあった。
「今、片手が使えないのですが、他に出来そうな仕事はありますか?」
「だったら、ラクダの糞拾いはどうかしら?子供でもできるわ」
窓口の女性が説明してくれたラクダの糞拾いは、かご二つを一杯にすると安い昼食が食べれる位の金額が貰える。放牧した後にすぐに行けば、かご三つ位はすぐに一杯になるらしいが、正直あまり稼ぎにはなりそうにない。
でも、片手が不自由でも出来そうな仕事だ。
「ナディはどうする?」
「やる」
ナディは返事をしながら被っていたフードを降ろした。
「では、手続きしますね。昨日は西に放牧していた一団がいたから、行ってみるといい……」
窓口の女性は書類を準備し、顔を上げると「ひっ」っと息を飲んだ。視線はナディに釘付けで頬がどんどん赤く染まっていく。
「どうすれば?」
「あ……えっと、この用紙に名前を書いてください」
女性はあたふたとペンをナディに渡すが、ナディはそれを受け取らずにこちらを見つめてくる。
代わりにペンを受け取り、用紙に名前を書き、ナディへ見本を見せる。
「文字は書ける?名前をここに」
小声でナディに教える。
「名前!爺ちゃんに教えて貰った」
ナディはペンを受け取り、用紙に名前を記入し、お世辞にも上手とは言えない、ヨレヨレの線を嬉しそうに見つめている。
嬉しそうなナディを受付の女性はそのまま見つめ続け、視線を外さないままかごを二つ渡された。
「イッテラッシャイ」
なぜか片言になった女性に送り出され、早速西の門へ向かう。
ナディは再びフードを被って歩き出し、街から大分離れた頃に口を開いた。
「あの人、途中で『気』が変わった。あれはなに?」
「あ~。あれはなんと言うか……好意?」
はたから見て、女性は明らかにナディの容姿に反応した。
そういえば、リンはたまに『気』について話していた。
『良い気を貰っている』と『悪い気は分かる』ということを口にしていた。
良い気は、優しさやか楽しさ。悪い気は、悲しみや憎しみ、恐怖のことだと思っていた。
好意というはナディやリンのような竜はどう受け止めるのだろう。
好意は人それぞれで、必ずしも全部が良いものとは限らないと思うが、先ほどの好意はナディにあまり良い気ではないように見えた。
「なぜあの時フードを取ったの?」
「街ではみんな顔を出しているだろ」
なるほど。ナディは人間として街に馴染もうとしている。
「人間として生活していくなら、そうだね。あと、文字は今度教えるよ」
「今は、仕事を教えて欲しい」
そんな話をしながら進んで行くと、砂地だった足元には草がまばらに生え、放牧するならこの辺りという場所まで来た。
よく見ると砂にまみれた固形物がいくつか転がっている。
早速仕事を始めよう。
「この仕事は、たぶん簡単だよ」と言いながらそれを道具で拾い上げ、背中の籠に入れる。連続でほいほいと籠に放り入れて、一つをナディの籠に入れる。
「ね?」
ナディは頷いて、同じように黙々と道具を使って糞を集める。
ナディは目が良いみたいで次々と塊を見つけ、あっと言う間にかごは一杯になった。
「簡単だ」
仕事はすぐに終わってしまい、早々に街に戻ることになった。ここまで歩いてきた時間の方が長いくらいだ。
当然、お金はわずかしか貰えない。
「かごをもっと借りてくれば良かった」
帰り道も会話が弾み、人の暮らしについてナディからあれこれと質問を受けた。
「ところで、これを集めてどうするんだ?」
「分からない。掃除かな」
糞は堆肥にはなるけど、この辺りに畑は無い。なにかに使うのだろうか。
仕事が終わった事を守衛団に報告をしにいくと、受付の女性は今度はナディの方を頑なに見ようとしないが、籠を裏に運ぶように案内してくれた。
「ラクダの糞は燃料になるんですよ。薪の代わりです」
「糞が燃料になる⁉」
念のため聞いてみたが、燃料になるのはラクダの糞だけで、他の動物や自分のものでは用をなさないみたいだ。
「それと、住居の壁にも使われています」
ミルヒ先生やザジさん達がラクダが必需品と言った意味が改めて分かった。
ということは、ラクダがいればミルクも飲めて、荷物を背負ってもらって、燃料にも困ることが無い。ラクダがいるといないのでは相当の違いがあるが、これほどとは思わなかった。
籠の重量を計ってもらい、少しの金額を渡してくれた。
思った通り、あまり実入りにはならないが、ナディは嬉しそうだ。
「買い物がしたい」とナディはお目当てのお店があるようで、迷わず進む。
道をすれ違う人の中には、こちらを見て動きを止めたり、二度見をする人がちらほらいる。
ナディは落ち着かない様子を見せながらも、フードを降ろしたまま歩き、目的のお店に着いた。
「これ……」と言いながら、手に持ったお金と商品と僕を交互に見てくる。
買い方がわからないのだろう。
説明しながら無事にお金を払い、干し果実を紙袋にいくつか入れて貰って診療所に戻った。
「爺ちゃん。オレ仕事をして、お金を貰って買い物した」
ナディの買った干し果実は深い甘みがあってとても美味しかった。
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