老師の後悔
「おはよう、アーク。その……すまなんだ」
朝の挨拶はマフ老師の謝罪から始まった。
「??おはようございます」
謝罪される心当たりは全くない。なのに老師はどんどん頭を深く下げていく。
「え⁇どうしたんですか。頭をあげてください」
「昨日の夜、お前さん達が話しているのが聞こえてしまってな」
「あ、すみません。うるさかったでしょうか」
昨日は弱音を吐いてしまったが、改めて話題にされると少し恥ずかしい。
「おまえさんがどんな気持ちで、どんな目的があって砂漠まで来たのか、考えてやらなんだ」
「あの。昨日は少し気弱になっただけなので、気にせずに忘れてください」
「いや、違うんじゃその、その事もだが……治療費のことなんだが」
「はい?」
「治療費が足りないのは本当のことなんじゃが、半年も働いてもらう必要は無かった」
「⁇」
「足りない分はそんなに多くない。半月程度診療所を手伝ってくれる位で足りるんじゃ」
「え?」
マフ老師の謝罪は、思っていたこととは違うお金の話だった。
え?詐欺?労働力?人身売買はないと思うが何故??
頭の中を整理をしてみる。
虎に会って怪我をしたことは老師に非は無い。
老師は俺を治療してくれた。でも治療費が足りず所持金は無くなった。
足りなかった治療費は半年ほど診療所で働きながら返すことになった。
その足りない治療費は、実は返すのに半年はかからず、あと半月程で良い。
……なるほど。それなら、あと半月もすればこの街を出てリンを探しにいける。
と思いたいが、そうできないことは分かっている。
毎日の生活費を稼ぎながらお金を貯め、再び旅に出れるよう準備をしなければいけない。ラクダを買うことも検討している。
今は診療所で部屋を借りて、食事もご馳走になっている。
それは老師にお金を返すという前提だからだ。その前提が無ければ、俺は宿無しの無一文だ。
老師が治療費を多く請求したのは、お金や労働力が欲しかった為で俺は騙されていたのかな?
でも、いくら考えてみても怒りや失望の感情は一つも湧いてこない。
「あの、どうしても分からないのですが、俺は労働力としては、片手しか使えないのであまり役に立ちません。むしろ宿代わりにお世話になり、三食食べさせてもらっていることで、恩恵しかないのですが、なにか事情があるのでしょうか?」
老師はゆっくり息を吐き出して椅子に座った。
「気を使わせてしまったな。治療費を上乗せしたのは、足止めじゃ」
「足止めでしたら、治療費は関係無く、怪我をした時点で足止めになっていました」
「それと、監視じゃ。お前さんが身に着けていた鱗を見つけた」
はっと、思わずお腹に手をあてる。子供の頃に拾った最初の手がかりとなった鱗は今も腹に財布と一緒に巻いてある。
治療を受けた時に、服も着替えさせてもらったから、知られていてもおかしくはない。
「ナディもいるからすぐ竜の鱗だと分かった。ナディはお前さんからは悪い気は感じないから大丈夫だと言われたが、儂は気が気じゃなかった。しかも、おまえさんはナディをすぐに竜と言い当てた。良くないことの為に竜の力を使うものがいると聞いたことがある。おまえさんを足止めして、ナディを逃がそうと思ったんじゃ。でも、ナディはいくら言っても街を出て行かない。しまいにはお前さんと同じ部屋で寝ると言う。思い通りにはいかないもんじゃ」
「オレ、もう少しこの街にいる」
丁度ナディが起きてきて顔を出した。
「だから、オレも仕事をする。今日はアークと一緒に行く」
唐突な申し出の返答に困っていると老師は深くため息をつく。
「それに、お前さんとしばらく一緒に過ごしてみると、疑うのにも疲れてしまってな。今日はナディを頼めるかの?儂が表立って世話をすると虎神様の話と結び付けられてしまうかもしれん。それに同年代のお前さんの方がナディも自然に過ごせるとおもうんじゃ」
ナディがこの先、どう暮らしていこうとしているのか、まだ分からないが、人間として生活していくのだとしたら仕事をするのは必要なことになる。
「この街にいる間だけで良いんじゃ、人の暮らしを教えてやってくれ」
「あの、条件というかお願いがあります。旅を続ける資金が出来るまでしばらく診療所に置いていただけないでしょうか」
「お前さんを追い出したくなったから話をした訳ではない。もちろん旅の準備が整うまでは家にいてくれて良い。それに、治療費を払い終わっても怪我が完治するのほまだ先じゃ。万全に回復するまではここにいなさい。その間はナディを頼めるかの?」
老師に払う半年程かかるはずの治療費が実は僅かと知り、唐突に目の前が開けた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます