弱音
陽気な昼と気弱な夜を幾日か過ごし、ナディは熱を出した。
街から遠く離れるまでは気を張っていたのだろう。家族やパール、マフ老師との別れに気が弱らないはずがなかった。
歩を止め、気休め程度の木陰で体を休める。幸いナディには日差しは問題にならないが、一緒に休む俺と虎には木陰が必要だ。
お水を飲ませ、老師が持たせてくれた蜜を果実にかけて食べさせる。
涙で潤んで朦朧としているナディはますます気弱だが、何故か堰を切ったように口数が多くなった。
「爺ちゃん、突然出て行って怒ったかな」
「怒ってはいなかったよ。心配して、寂しそうだったよ」
「どうすれば良かった?……もう会えないかもしれなかったのに」
出発の日、マフ老師とナディの別れはあっけないものだった。
「じゃぁね爺ちゃん」
「気を付けてな」と言い、お互い目を合わせないでそっけなく別れた。
老師はナディを引きとめたいのを我慢しているようにしか見えなかったし、俺の所には「くれぐれもナディを頼む」と念入りに頼まれている。
ナディも街から少し離れた位置でしばらく足を止め、老師の姿をじっと見つめていた。
「また会えるよ」
「番を見つけないと戻って来れないし、もう会えない」
「会えるよ。パールと約束してたじゃないか」
「でも、オレ、一人で……」
「俺もいるし、アルとロックもいる。俺はまたリンに会えると思っているし、ナディもまた老師にも家族にも会えるよ」
ナディは、はっとした顔をした後に虎達と俺の方を見つめて「そうだな」と言った。
悲しい思いは吐き出した方が少し楽になることを知っている。
無理に元気づけることはしないで、只々ナディの話したいことを聞くことにした。
「オレ、アークといると良い気を貰える。最初は火傷させてしまったお詫びに痛がっている気を受けようと思ったんだ」
「気にしなくて良いって言ったのに」
「うん。でも、痛くて辛い気を貰ったのは少しだけだった。アークは虎の事もオレの事ももっと恐がると思っていた。でもそれよりオレが老師と街で暮らしていることを嬉しく思っていただろ?それが心地よかった。爺ちゃんからも良い気を貰えたけれど、ずっとあそこにはいられないから、アークに会えたのは良かった。でも、これから一人でどこに行ってどうやって暮らしたらいいのかは分からないんだ」
「もし、落ち着ける場所が見つからなかったら、家に来なよ。家族もいるから気はたくさんあると思うよ。リンもずっと一緒に暮らしていたし、ナディが来ても大丈夫だよ」
「そこは、リンの縄張りだろ?オレは行けない」
「麓にも町があるし、他の優しい人たちも知っている。ナディが落ち着ける場所が見つかるまで一緒に行くよ」
そういえば、リンを見つけたらリンとナディと一緒に行けるのだろうか。旅をすれば縄張りはどうなるのだろう。
「リンが見つかったら、ナディと一緒に旅をするのは問題無いの?」
「縄張りを出れば一緒にいられるけど。アークとリンとオレで旅したらアークの気の奪い合いだな。……奪い合いは嫌だな。でも他の竜に会えるのは楽しみだ」
そうか、もしかしたら二人は竜同士だから番になることもできるのかもしれない。
少し想像してみた。
故郷の山、家族がいてリンがいて、ナディもいる。紫色の花が咲いて、薬草は太陽を浴びて生い茂り、リンの降らせる雨ですくすくと育つだろう。
想像してみるとすぐに幸せな風景が思い描かれた。
でも何故か心臓がチクリとしてからバクバクしてきて汗が流れた。砂漠の暑さにやられたのだろうか、急に息が苦しくて、慌ててお水を飲んだ。
幸い症状は程なくして治まり、自分の額に手を当ててみたけれども、熱があるわけではなさそうだった。
ナディは、こちらの様子には気付かずにうつらうつらしながら、普段は溜め込んでいたいろいろな感情を口に出し、目が覚めるたびに食事の量も増え、元気を取り戻していった。
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