噂話

「はぁ~。虎に襲われて腕だけで無事に済んだなんてね。やっぱり虎神様が近くにいるご加護なのかねぇ」

 店員さんがお水を一杯奢ってくれ、男性も一緒に席に座って話し込む。

「まだ虎神様はこの辺りにいるんですか?」

「いや。結局、あれからは虎神様を見たという話を聞かなくなったよ。虎が出た日に虎を追い払った人がいたらしんだけど」

「おれも、咄嗟に火を焚いて追い払った勇敢な人がいたった話を聞いたよ」

「その人は風貌が虎神様とは違うと聞いたし、何者だったんだろう」

 店員さんと男性はおぼろげな噂話をするが、当の助けてくれたナディは横に座っていて、無言でお水を飲んで知らん顔をしている。僕もなんとなく知らない振りをした。


「虎神様はどんな方なんですか?」

「赤髪のものすごい美人だって話だ。あ、その怪我、マフ老師に見て貰ったんだろ?詳しく聞いてみるといいよ」

「マフ老師に?」

「老師が若い頃に虎神様に助けて貰ったって、良く話していたんだ。最近、美女が虎達と一緒にいたのを見たと言う人がいて、虎神様が現れたんじゃないかという話になったんだよ」

「マフ老師が若い頃会ったのが美人で、今も美人ってすごいなぁ。年取らないってことだろ。やっぱり神様なのかねぇ」

 二人がまだ見ぬ美人に思いを馳せ盛り上がりはじめたので、会話をそこそこに食堂を出て、診療所に戻ることにした。

「ひょっとしたら、ナディが虎神様なのかと思っていたよ」

「ああ、まぁ」

 ナディは肯定もしないけど否定もしなかった。

 

 診療所に戻ると、マフ老師は夕飯を用意して待っていてくれた。

「どうじゃった。街を楽しめたかのぉ」

「活気がすごかったです。泉の側では氷が食べられるみたいでしたが、高くて手が出ませんね」

「氷も高いが、ラクダのミルクも値が張るでね」


 夕飯はパンと油に浸かった魚だ。パンを千切って油に浸しながら頂く。


「診療所の手伝いの他にも、仕事をしたいと思うので、明日は守衛団にも行ってみます」

「この辺の仕事といったら、その氷作りと、薪拾い、後は砂の処理くらいかのぉ」

「オレ氷作る仕事、出来るかな」

「出来るのかもしれないが、無理をするでないぞ」

 ナディは仕事をして、人間としてこの街で生活費を稼いで暮らしているのだろうか。というか、ナディとマフ老師はどういう関係なのだろうか。思い切って聞いてみることにした。


「マフ老師はナディが竜なのを知っているのですよね?それで、虎神様もご存じで、老師はなにものなんでしょう」


「急に、なんじゃ。込み入った話になったのぉ。虎神様の話は誰から聞いたんじゃ?」


「俺がこの街に着いた時、食堂では虎神様を見たという話でもちきりでした。店員さんはその虎神様のお話は、マフ老師が良く話していたと聞きました」


「今更な話じゃな。儂が虎神様に会ったのは子供の頃じゃぞ。もうその話をしなくなって大分経つのに、まいったのぉ」

 老師は子供の頃に虎神様に会ったことをずっと武勇伝のように話していたが、二十年程前からはもう誰にも話していないという。


「二十年も経っても、まだその話を覚えている人がいるもんだとはなぁ。それに、こんなに縁があるとは思わなんだ」

 マフ老師は話ながらナディに目線を合わす

「話していいよ」

 ナディからは許しが出たようなので、老師は続けて話し始めた。


「お前さんもなにやら竜神様に縁があるかもしれんな。分かっていると思うがこの話は他所で話すでないぞ」

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