虎神様

「そうじゃのぉ。まずは儂が子供の頃会った、虎神様の話をしようか」

 そう言ってマフ老師は虎神様の話を語り始めた。


 ***


 儂が子供の頃の話じゃ。隣町に行った帰りに婆様と一緒に道に迷ってしまってな、すごい砂嵐が幾日か続き、動けなくなってしまったんじゃ。

 婆様は途中で足を怪我してしまって、水も無く、泉にもたどり着けず、儂も子供だったもんで、どうしようも無かった。

 そんなところに虎が現れた、白くて大きくて綺麗な虎でな、あんまり綺麗だったもんで不思議と怖い気持ちよりは覚悟が決まってしまって、婆様と二人で手を繋いで最後の時を静かに待つことしか出来なかった。


 どの位か、長かったような気もするが一瞬だったのかもしれん。虎は儂らを食べるでもなく、引き裂くでもなく、ただ時間が流れた。

 そうしたら、その方がやってきたんじゃ。


 その方の見た目は確かに人のお姿と認識できた、でも何故か虎だとも思った。

 黒い綺麗な長髪に所々白銀の髪が煌めいて、よく焼けた肌の長身の美丈夫でな、虎と同じような緑色の目をしておった。

 それと、もう一人いた。燃えるような赤毛を、こう、頭のてっぺんで括ってな、目もくらむような美人じゃった。二人とも見た目は似ていないのに、なんだか同じような雰囲気で、夫婦めおと神というのがいたらこんな感じじゃろうなと思ったもんじゃ。


 その夫婦神様に虎に襲われているところを助けられたんじゃ。

 実際は、虎を追い払ってくれたというのではなくてな、虎達は二人に寄り添っていて、お二人も虎達を可愛がっておられた。

 もちろん、その日も次の日も儂たちが虎に襲われることは無かった。儂は怖くて虎には近づけなんだが、お二人の側で甘える虎達は大層かわいらしく見えたもんじゃ。


 水を分けてくれてな。食事もご馳走になった。

 婆様の痛んだ足をさすってくれた手は温かかった。婆様は長生きしたんじゃが、最期までそのことを忘れずにいつも話しておったわ。

 嵐が収まったら婆様を背負って、この街の近くまで送ってくれたんじゃ。


 ***


「それが儂と虎神様のお話じゃ。虎神様のお話自体は砂漠に昔からあるおとぎ話として皆知っておるが、儂は虎神様達の目がくらむような美しさとか、恐ろしかった虎達がネコのように大人しくなったのを見てしまった。それで、忘れないようにお姿を描き写した」


 言いながらマフ老師が棚から取り出した紙には、今、老師が語ったお話から出てきたかのような姿絵が描かれていた。かなりの腕前だ。


「忘れないように何度も描いて、良く描けたのは診療所にも飾っておいたんじゃ」


 老師は懐かしそうに目を細め、姿絵を見つめながら続きを話し出した。


「それで、虎神様のことは機会があればいつでも誰にでも話していた。婆様からは、他の人にはあまり話すでないと言われたが、虎神様に会ったことは、もう二度と起こらない生涯自慢できる奇跡だと思ったんじゃ。あんまり頻繁に話し過ぎたもんで、周りの人は、話半分に聞いていたし、儂にとっても夢のような出来事で、夢でも良いと思っとったわ。

 それから時が過ぎて、儂も大人になって嫁さんを貰って、婆様と嫁様は亡くなってしまったが、子供達も立派に育って巣立って行った。でも、それから虎神様のことが夢ではなかったと改めて知ることになったんじゃ」

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