オアシスの街
マフ老師は手に持った植物から皮をはぎ取り、やわらかい部分を傷に当てていく。ひんやりして気持ちがいい。
この診療所では患者さんへ大抵はこの植物を処方する。傷にも火傷にも弱った胃腸にも効くという、砂漠の万能薬として重宝しているものだと教えて貰った。
毎日朝方にその植物を採りに行く。治療で使わなかった分は夜の食事として頂く。ちょっと苦いけどプルプルして喉に染み渡る。残った皮の部分も束ねて乾燥させておく。無駄にするところがまったく無い。
診療所の薬は、この万能薬と蜜や油での治療が主だった。
自分の手持ちの薬草の量では診療所の薬の足しにはならず、売って治療費に当てる程にはならなかった。果実漬けも同様に売るには量が足りていないし、他に換金できそうな物はない。
引き続き診療所でお世話になることになり、今は住居側の寝台を使わせてもらっている。何故かこちらの寝台の方が丈夫で寝心地が良い。
マフ老師にはいろいろ便宜を図ってもらったが、足りない治療費を工面する為のこれから先の事は途方もなく長い時間に感じる。
早く治療費を稼ぐ為に、他に仕事や出来ることを探さなければいけないのに、今、出来ることは、掃除と洗濯をして診療所を整え、少し治療の手伝い位で、食事作りは片手では難しかった。
とりあえずは診療所の暮らしと出来ないことが把握できたので、街を見て回ることにした。
この街に着いてすぐに虎に会ってしまった為、周りの様子を把握できていない。
黒い布を深く被ったナディが街を案内してくれる。
日中、人間の姿で過ごすナディは、最初に会った頃のビリビリした警戒心のような雰囲気を感じることはなくなったが、相変わらず表情が暗いような気がする。
律儀に毎日診療所に顔を出してくれていると思いこんでいたが、ナディは診療所で生活をしていて、今は同じ部屋で寝起きしている。
既に正体がバレているためか、夜はすうすうと竜の姿で眠っている。
猫位の大きさだったリンより二回り位は大きく、ゴツゴツと骨ばった体躯と、体を隠す位の大きな翼、額には小さいコブのような角がついていた。
薄暗い家の中で見ると赤銅色の鱗は鈍い色をしているが、きっと太陽の下では色とりどりに煌くのだろう。
ナディの案内で、最初に虎に会った広場に行ってみた。
裏通りにある診療所からすぐのところで、石造りの泉から水が湧き出ている。
この街と周辺は水が豊富でお金はかからないと教えてくれた。
街の外れにも大きい泉があり、そこではたくさんの人が水辺で長い時間涼んでいた。
「ここ、良い気が貰える。特にあそこ」
ナディが指さす岩場の方では一層賑やかな人だかりがある。近づいてみると、どうやら屋台のようで、白い液体を売っていた。
よく見ると、氷を薄く削ってその上にミルクをかけている。
「アイスクリームみたいだ!!砂漠に氷があるの⁉」
「アイスクリームより美味しい、ラクダの氷ミルクだ。一杯どうだい」
僕の驚きを耳にした店主は気さくに声をかけてくれたが、値段を確認すると、所持金が尽きた今ではなくても、気軽に払える値段ではなかった。
「……手持ちが無いのでまた今度来ます」
「そうかい、氷がある時しか売れないけどまた来てくれな」
「この暑さでどうやって氷が手に入るのですか?」
「ここから少し離れたところに泉の水を運んで作ってるんだ」
店主が言うには夜の冷え込み次第で氷が出来るようだ。お金が貯まったら絶対食べに来ようと心に誓った。
それから、石造りの家々や市場を見て回った。ラクダがいて、どこもかしこも砂埃と活気に満ち溢れていた。
賑やかな通りに沿って歩きまわり、最後に食堂へたどり着いた。
ここは虎が現れる直前に寄ったお店だ。
「あ、あんた」
呼び止められて振り向くと、虎が現れた時にパールを託した男の人と偶然再会した。
「あんた、虎が出た時に皆を逃がしてくれた人だろ?会えて良かったよ。あれからどうなったのか誰も知らなかったんだよ」
同時に食堂の店員さんにも声をかけられる。
「あ、あの時の兄さん」
店員さんの方も、あの時急いでお店を飛び出してしまった僕の事を覚えていたらしい。そういえば、あの時に話題になっていた虎神様はどうなったんだろう。
「あの後、大変だったんだよ。急に虎が現れてね。兄さんが走り去った方に向かっていたもんだから、心配していたんだよ。ってあれ⁉まさか、その腕……」
思わず苦笑いしてしまって、誤魔化しがきかなくなってしまったので、一通りの出来事を二人に話すことになった。
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