火傷

「どちらにせよ、助けてもらいましたし、指も動くし大丈夫です。気にしないで」

 何度かそう言ってもみてもナディの顔は一向に晴れなかった。


「ナディはお前さんが朦朧もうろうとしている時、治療に付き合うと言って聞かなかった。痛々しい治療だったからのぉ、少し滅入ってしまったのじゃろ」

 ナディはマフ老師の話を聞いて思い出したのか、少し俯いて目をぎゅっと閉じた。


 僕が寝ている間に二人が行ってくれた治療というのは、火傷で炭化した表面の皮膚をナイフで削り落とす処置だった。丁寧に処理してくれたようだが、当然血も出るし、相当不快なものだっただろう。

「……覚えていません」

「ほうほう。覚えておらん方が良い良い。随分と効きが良い眠り薬じゃな。残っていたら少し分けて貰うか。まぁ、しばらくは様子を見る必要があるが、腕の傷以外はかすり傷だし、その調子だと丈夫じゃろう」

 包帯を取り換えてくれたマフ老師はそう言って部屋を出て行った。

 あの時、虎に襲われた状況を思い返してみても、ナディは助けてくれただけだ。それに今は、虎に対する恐怖心は不思議なくらい残っていなかった。


「ごめん」

「処置してもらったし、大丈夫だよ。あの、その……焼いたのは竜の力で?」

「オレは陽の竜だから」

「火の竜……」

「太陽の方。母様は陽だまり竜って言っている」

「陽だまりか。暖かい感じがするね……」



「……あんたが聞きたいって言っていた事ってその話?」

 竜の力については興味が無い訳ではないが、会話があまり弾まないのは、聞きたかったことは別にあるからだ。ナディに見透かされてしまった。

「他の竜を知りませんか?」

「知らない」

「この辺りで雨が良く降る場所は?」

「知らない」

「そうですか、砂漠にいると思って来たんですけど……」

 幸運にも砂漠で竜に出会えたことで、期待し過ぎてしまったのだろうか、ナディから貰える情報は何も無かった。


「オレも聞きたかった。何故パールに声をかけた?」

「え?竜の気配がしたので咄嗟に……」

「人は竜の気配が分かるのか⁉」

「いえ、俺は子供の頃ずっと竜と一緒で、なんとなくだけど近くにいれば分かりました。他の人がどうかは分かりませんが、家族の中で分かるのは俺だけだったと思います」

「何故竜を探している?」

「家族なんです。雨降り竜でリンという名前です」

 話の途中で、片付けを終えたマフ老師が戻って来た。


「さて、もう寝台にくくりつけておく必要は無くなったが、まだこの街にいた方がいい。砂にまみれていたら治るもんも治らんぞ」

「お世話になりました。とりあえず、宿を探します。それで、一旦治療費をお支払いしたいのですが」

「そうか、当分の間は一日おき位に来てくれた方がえぇ」

 そう言う、マフ老師から告げられた治療費に血の気が引いた。

 ラクダを買って、リンを探す旅をするはずだったが、ここで生活費と旅費は尽きてしまった。それどころか、足りない。


「治療費が足りないか。まぁ、砂漠ここじゃよくあることじゃ。どっちみち、その腕で一人で砂漠を彷徨うのはまだ早い」

 老師は怒るでもなく、飄々ひょうひょうとこれからの提案をしてくれた。

「しばらくは腕を治しながら労働じゃな。なに、半年程も真面目に働いてくれれば足りるはずじゃ。あ、片腕じゃ、大した仕事はできないし、飯代や宿泊代を差し引けばもっと長引くな……」


 こうして僕は砂漠で身動きが取れなくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る