診療所

「えっと、急に声をかけてごめんね。その、君と君たちは竜だよね」

 パールは後ずさりして、男の人の後ろに隠れた。

 やはり警戒されるとは思ってはいたが、他にどう切り出したら良いか分からない。


 重苦しい沈黙が続く中、老人が話を中断させた。


「今日はその位にしておいた方がええぞ」


「すみません、どうしても聞きたいことがあって」

 今話しておかないと、もう二度と会えないかもしれない。


「ナディは逃げやせんぞ。その話はまた今度じゃ。なっ」

 ナディと呼ばれた男性は、頷いた。

 少し迷ったが、二人を信じることにした。


「そうですね。あの、この近で泊まれるところはありますか?」

「ん?出て行くのか」

「これ以上ご迷惑をおかけする訳には」

「安心せい、ここはちゃんとした診療所じゃ。経過が良くなるまで面倒みてやるから、しばらくはここにおれ」

「あれ?そういえば、どの位の間、俺はここに?」

「ナディがここにお前さんを運んでから日は越えてない。もうすぐ超える時分じゃがな」


 虎に噛まれてから半日程度寝ていたみたいだ。状況を教えてもらい、それから自分の身元を明かした。


「ほうほう。お前さん、薬師なら痛み止めを持っているかい?火傷はまだ最初の処置と言ったじゃろ。明日もう一回処置するでね」


 虎に破られたザックはきちんと回収してくれたようで、中身もきちんと保管してくれていた。痛み止めの薬草は無かったが、調合しておいた眠る薬がある。


「痛み止めは無いのですが、眠る薬なら……」

「おぉ。眠り薬の方がええ。ほいなら、眠っているうちにやってしまおう。それと、これから二、三日は熱が上がって動けなくなると思うぞ」

「ご面倒をおかけしてすみません」

「ええ、ええ。今日は少し食事をして、また休め。食べられるか?」

 診療所のマフ老師が用意してくれていた乳白色の温かい汁に塩っけのある薄い肉の入ったスープを頂いた。

 薬を飲んで、水をたくさん飲ませてもらうと早々に寝入ってしまった。


 そして言われた通りに、三日間は熱が上がり、その間の記憶は曖昧だ。

 ナディは毎日様子を見に来てくれた気がするが、どんな会話をしたかは覚えていない。



「さて、左腕はどうじゃ」

 熱がすっかり下がった朝、マフ老師の指示で左腕を上下に動かし、手を少し握ったり開いたりする。


「肘から上は問題ないし、指先も動くな。このまま気を付ければ、おおむね大丈夫だ。ま、少し皮膚が突っ張ったり、見た目は後が残るがな」


 その日も診療所を訪れてくれたナディは、一緒に安堵してくれたが、初めて会った時と同じにずっと表情は暗いままだ。


「あの……ナディ。まだ痛みはあるけど、虎に噛まれてしまったのは俺の誤解もあったので、そんなに責任を感じないで」

「いや、虎の傷よりオレが手を出したせいで酷くなった」


 ナディが言うことが分からず、詳しく話を聞いてみると、虎に嚙みつかれた傷はそれほど深刻なものではなかったらしい。

 駆けつけてきたナディは血まみれの僕の腕を見て気が動転してしまい、血を止めようと必要以上に焼いてしまった。

 そういえば最初にそんな事を言っていた気がするが、気にしていなかったのですっかり忘れていた。

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