小さな集落

「おい、起きろ。行くぞ」


「え?寒っ」

 息が白い。この寒さは夢の中の気温かと思っていた。

 自分の上には掛けた覚えのない毛布が一枚掛けられていた。


「昨日はさっさと寝ちまったから言うのを忘れたんだが、夜は寒くなるから温かくして寝ろ」

「砂漠は暑いと聞いていたので、寒くなる準備はしていませんでした」

「まぁ、すぐに暑くなるから、もう上着は着なくても大丈夫だぞ。とりあえず水を汲んできてくれ」


 ザジさんの言ったとおりで、小屋の外に一歩出たら、もう寒さを感じることはなかった。昨日教わった小さな泉へ行くと、なんだか不思議な違和感があった。

 泉に不思議を感じる時は大抵精霊様が現れたが、今回も同じだろうか。

 ドキドキしながら近づくと、水辺だと思っていた場所から砂と同じ色をした鳥たちが一斉に飛び立った。

「うわっ」

 すごい数の鳥が砂と同化していたので、突然の羽音にびっくりして声が出てしまった。

 ぴゃーぴゃーぴゅー

 鳥たちは、賑やかに鳴き声をあげ上空を旋回している。なんだかドキドキが収まらない。


「精霊様、精霊様。……コハク」

 気分をを落ち着ける為に精霊様に呼びかけてみた。

 しばらく返事を待ってみたが、なにも反応は無く、ここは故郷の泉と通じることは無かった。

 一人で慌ててしまったことと、精霊様に会えると勘違いしてしまったことになんだか落ち着かない気持ちで水を汲んで戻る。


「騒がしかったな。なにかあったのか?」

 汲んだ水を渡すとザジさんは入れ物に直接口をつけて水を飲み、残りを鍋へ入れた。

「砂と同じ色の鳥の群れがいました。完全に同化していたのでびっくりしました」

「鳥が群れでいたってことは、近くには危ないやつはいないってことだ。あそこには鼠が来るから獲って来い」

 ザジさんは寝台に寝そべりながら、岩場の影、地面の穴など探すべきところをいくつか教えてくれたあと、水汲みの容器を返され、また水場へ行くように追い払われた。


 再び水場へ戻り、今度は注意深く周りを見渡してみる。

 ……いた!

 ザジさんの教えてくれた通りの場所を順に観察してみると、三頭の影が目に入った。見失わないように追っていく。巣穴まで突き止めようかと思ったが、一旦草場で様子をみるようにした。


 しばらく待っていると、小さく砂を踏む音がした。と同時に影が揺れた。

 目の端で捉えたそこに咄嗟にナイフを投げる。思った通りここは獣の通り道になっていたようだ。

 ナイフが当たったのは偶然だけど、何故だかすぐに獲物が獲れる気がしていた。

 獲れた動物は一抱えできる大きさで、自分が知っている鼠と違って大きくて手足が長い。


「早かったな。やるじゃないか」

「これ、鼠ですか?」

「砂漠によくいる鼠だ。捌けるか?」

 頷くと「血抜きがまだだろ?こっちだ」と言って集落の外れに案内された。


「ここは来年の畑になるんだ」

 なにもないただの砂地を指さす。

 隣の柵に囲まれたところにはなにかの芽が出ていた。


「血抜きが終ったら、耕しておいてくれ」


 近くの木に鼠をぶら下げて血を抜き、皮を剝いでいく。

 一度やっただけだが、ペータが教えてくれた手順は全部覚えている。手はするすると動いた。

 あの時は、ずしんと重い気持ちと罪悪感で涙をこらえるのが精一杯だった。今は、まだ二度目で、作業は慣れるほどこなしていない。なのに、あの重苦しい気持ちを感じることはなかった。

 そのことがなんだか心苦しかった。

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