ザジさん

「そろそろ、日が暮れてくるから急ぐぞ」


 初めて見る景色は珍しかったものの、長く続く同じような風景は歩くペースがつかめず、思ったより時間が経過していた。ザジさんに言われるがまま、後半は急ぎ足で進んだ。

 息が上がり、頭が少しクラクラする。果実漬けの効果を知るためにわざと急がされたのかもしれない。


 目的地は集落と聞いていたが、ここには軒もお店が並んでいることもなく、暮れる夕日の中に他の人影を見ることはなかった。


「こっちの家に案内してやる」

 同じように息を切らしたザジさんに連れて行かれた先は、家というよりは簡素な壁というか藪というか屋根があるだけという感じだった。砂がすごい。


 入って荷物を降ろそうとしたら「まてまて、まずは掃除だ。ちょっと待て」と、隅にあった掃除道具を軽く振り回してから渡してきた。

「これを使え、念入りに掃き出せ。物を一旦上げて、隙間を確認するんだ」

 荷物を背負ったまま、指示通りに砂を掻き出した。


「ふう。よし!」

 ザジさんの街のお店もこの家も雑然としていたので、念入りに掃除を命じられたことを不思議に思った。そのことが顔に出たか、ザジさんと目が合うとすぐ口を開いた。

「虫がいるんだよ!!」

「虫ですか?」

「刺されると痛ぇんだよ。アイツらは物陰に隠れてる。休憩する時だって、草場でもなんでも物陰には無防備に近づくな。きちんと確認しろ!砂漠で覚えておくことの一つだ」

 ザジさんからその虫について刺されてどれほど痛かったか詳細に語られた。

 幸い、今は虫が出ることは無く荷物を降ろして腰を落ち着けた。


「さて、果実漬けがどのくらいなものなのか試すぞ」

 虫の話もひと段落し、一息ついたところで塩漬け果実を一つ口に入れてみた。

 効果はすぐに感じることができた。頭のもやっとした感じが急激にスッと引いていった。

「ん。頭が急激にきりっとするな。これはいけるかもしれない」

 二人で身をもって体感した果実漬けの価格をあれこれ話し合った。


「あぁ。でも今日はもう動きたくねぇ。夕飯用の水汲んできてくれ」

 ザジさんに教えて貰った場所には少し水が溜まっていた。


 テオとテルマに作ってもらった携帯鍋で水を汲み、釜土に火をかける。

「おぉ便利な鍋だな」

「従弟が作ったんですが、たぶんミルヒ先生が考えたんだと思います」

「ミルヒ先生にいくつか頼んで店に置きてぇな。売れそうだ」

 話をしながら、沸いたお湯に練った米の粉を入れていく。ザジさんは木箱のような寝台の上で寝ころびながら、夕飯が出来上がるのを待つだけの役割に徹するようだ。


「あの婆さん未だにオレのこと教え子とか言って、いいように使うんだぜ。学生の時も散々こき使われたわ。ま、それ以上に助けられた部分も多くて感謝してるんだけど、愚痴を言わせてもらって丁度位だな」

 話を聞きながらお湯に乾燥野菜を入れ、味付けをしたスープをザジさんに渡す。

「この餅みたいなのも懐かしいな。学園にいた時はよく食べた」

「このあたりではなにを食べているんでしょうか」

「そうそう、鼠を捕ってみるか。この辺りで狩れるんだ。あとは運が良ければ、卵を見つけて、あとは、たまに見かけるでっかい植物も食べた方がいいぞ」

 この辺りの水辺の情報、生息する生き物なども教えて貰う。

「あ~あと、さっき話した虫も食べられるぞ。油で揚げると美味いらしいが、俺は遠慮しとく……」

 ザジさんは虫に刺された痛みを思い出したのか、背中をぶるっと振るわせてからまた話を続ける。


「まぁ、ミルヒ先生の頼みは聞くようにしているんだ。っていうか結局先生の頼みは聞くか、聞かせられるかの二択になるから、オレに拒否権は無いんだ。今回はお前の面倒をみたら、お役御免だ」

「お世話になります。助かります」

「まぁお前もミルヒ先生には頭が上がらないくちだろ。お前は愚痴とかはないのか?」

「愚痴はないですが、ミルヒ先生の頼みは聞くか、聞かせられるかの二択になるのは良くわかります」

「だろっ」


 ザジさんの話はずっと続き、相槌を打ちながらいつの間にか眠ってしまった。

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