狩り

「ただ待ってるだけじゃだめだよ。魚の気持ちを考えないと」

 湖に釣り糸を垂らしながらぼーっとしてると、声をかけられた。


「今日は暑いから魚も日陰で涼んでるはずさ。あそこの木陰のところに投げてみ」

 一回、二回、糸を放ってみたが、狙いの場所には届かず三回目は糸がもつれてしまった。

「ははっ。狙ったところに放り込めるように、まず練習だな。頑張りな」

 そう言って去って行った男性のバケツには魚がいっぱい入っていた。

 そんな調子で始めた釣りだったが

「釣れているか?あっちの深場の方が釣れる」

「今日は水がにごってるからだめだよ」

「釣れたの?見せて見せて~」

 大人も子供もいろんな人が声をかけてくれて、だんだんと上達していった。


 魚釣りをしていて学んだことは観察すること、習性を知ること、それから予測すること。


 釣れた魚はその日のおかずになったり、塩を塗りこんで干して保存食にし、出来上がった魚の燻製の半分はミルヒ先生がお米と替えてくれた。


 釣りをしながらも、これから先のことをいろいろ考えた。

 いくら上達しても、砂漠で魚が獲れるとは思えない。

 やっぱり、山に入って一匹だけでも動物を捕ってみたいと思うようになった。そのことを踏まえて、改めてテオ達にもう一度相談した。


 テルマとテオは以前に相談した時から四本の細身のナイフを用意してくれていた。

 投げナイフだ。

 ナイフなら一本は旅を始めた時から携帯している。手持ちの道具の中では唯一の殺傷力のある道具で使い方も慣れているし、これは細身で持ち運びに難がないように考えられたものだった。


 まずはナイフを狙ったところに投げれるように練習をした。 

 動かない木に当てることはそれ程難しくなかった。

でも、刺さったナイフが思ったより幹に深く食い込んだことにぞっとした。薪にしたり、進むために枝を払って来た時はなにも思わなかったのに、えぐれた幹を見ると罪悪感がある。

 万が一でも人に当たったら大変なことになる。

 動く動物に当てることが出来るのかはわからないが、周囲には気を付けないといけない。当てなければ意味がないのに、獲物にナイフが当たるのを想像すると怖いと思う気持ちが拭えない。


 それでも練習を続け、自分が動きながら幹に当てることが簡単になった頃、ナイフにイーサから教えて貰った眠る薬を塗った。


 最初は見つけた獲物を、疲れさせてから仕留めようと思い、ただがむしゃらに追いかけたが、すぐに諦めた。

 ヘトヘトのくたくたになって、先に自分が疲れてしまう。当たり前の事だった。

 それならば、巣穴に戻ってくるところを狙おう。大きな茶色い鼠は毎日巣穴に戻ってくる。

 そうして、しばらくは辛抱強く観察をし、鼠が通る道をみつけ、時間も絞った。

 三頭が巣穴に戻ってきた所を燻して、飛び出してきたところをやっと一匹だけ仕留める事ができた。


 達成した喜びより、ナイフが刺さった動物が血を流し、動かなくなっていくことに手の震えが止まらない。

 自分の意志で生き物にとどめ差したからだろうかと思ったが、魚や虫は平気でなにも考えた事がなかった。なにが違うのか、はっきりとはわからない。

 それに、眠り薬は明らかに過剰だった。ナイフと鼠の大きさを考えると一撃で致命傷だ。

 とりあえず大きく深呼吸して、鼠の泥を払って家に戻った。


「「やったな~」」

 テオとテルマが飛び跳ねて出迎えてくれた。


 ペータに教わりながら、血を抜き、毛皮を剥ぎ、内臓を分けたら小さな肉の塊になっていった。


「アークは仕留めた時と、捌く時には泣くと思った」

 とペータに言われた。

「なんだかペータにはそう思われると思ったよ。このなんとも言えない気持ちは慣れたら無くなるのかな」

「無くさなくても良いと思うけど、食べることだからアークがやらなくても他の誰かがやっている。俺もやることがあるし、楽しい気持ちでナイフを入れている訳ではないのは皆同じだよね」

「うん。分かった」

 なにが分かってペータが言いたいことと合っているのかわからないが、とりあえず涙をこぼさないように堪えることができた。


 ペータが報告したのか、早速次の日にミルヒ先生が家を訪ねてきた。

「獲物を捕ることがことが出来たのね。良かったわ。ではお金が貯まり次第出発していいわ」

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