霧の中で

「あのっ!皆さん一旦落ち着きません?」


 思い切って声かけるてみると、それぞれパニック状態だった皆は、一旦思考を停止させて動きを止めた。



 焚火にくべていた木の実やキノコを頬張る。

 ミルヒ先生の大きな荷物の中身は、ほとんどが食料や調理器具だった。

 火にあたり、お茶を飲んでおやつを食べたら、気持ちの方も落ち着いた。


「もし、アリョーシャに会えたら一緒に食べようと思っていたのよ」


「うん、美味しい。昔は良くこうして食べたわね」


「ところで、本当になにがあったのかしら?別れた時のまま姿が変わっていないなんて。幽霊になってしまったわけではないのよね」


「ミルヒだって、久しぶりに会っても変わらず小さいままじゃない」


「ええっ。なによ、アリョーシャの若作り!!ワタクシなんか、あれからいろいろあって、子供も孫だっているんだから。四十年も経っているのよ。でも、生きていてくれて良かった」

「ごめん。あのね、幽霊ではないのだけど、少し人間ではなくなったのかもしれないわ」


「え?」

 僕はアリョーシャのことは精霊だと思い込んでいた。今の言葉を聞いたら、なにかの欠片がぴったりはまるかのよう、思い当たることがあった。

「もしかして、アリョーシャさん。こちらの方と番なのですか?」

「……そうよ」


「あら、この方が旦那さんなの?挨拶するタイミングがなかったけど、ミルヒよ」

 焚火の輪に加わっていた謎の男性に、ミルヒ先生が声をかける。

「マナシだ。先程は突き飛ばしてしまってすまなかった。アリョーシャが押し倒されたと思って気が動転してしまった」

「実際、押し倒したんだからそれはいいのよ。それよりも!折角の何十年ぶりかの再会を邪魔されたのは許しがたいわね」

 そう言いつつも、恨んでいる様子の表情ではなく、笑顔のミルヒ先生と少し固い表情のマナシは握手をした。


「アリョーシャと四十年前、最後に一緒にいたのがワタクシよ。あなたが、アリョーシャを助けてくれたのかしら」

「倒れていたのを見つけて、少し介抱しただけだ」


「アリョーシャが少し人間でなくなったということは、あなたが人間ではない『なにか』なのね」

 ミルヒ先生の言葉にマナシは気まずそうに目を逸らした。


「アリョーシャを街に返してあげられなくて、すまないと思ってる」


「あのね、ミルヒ。その辺りのことは良く覚えていないの」

「あなたはあの時、気になることがあると言って、一人であっと言う間に駆けて行ってしまったのよ」

「そう!思い出した!地図よ。なんだ違和感があって、それで調べようと思ったんだわ」

「地図?」

「あ、その話はもういいわ。結果的に私の読みは当たっていたわ。すごいわ私っ」

「相変わらず適当でお気楽ねぇ」

「でも、そのまま戻らないつもりではなかったの。なんとなく思い出せるようになった頃には何年か経ってしまって、その時にはお世話になっていた里の人たちとも、この人からも離れたくなかったの」


「あなたが自分で決めたのなら、ワタクシはなにも出来ないわ。今も昔もね」

「ちゃんと幸せに暮らしているから心配しなくて大丈夫よ」

「まぁ、あなたにまた会えて嬉しい。安心したけど、あなたの家族へはどうしたらいいかしら?」

「もう、今更でしょ……」


「あなたのお母さんもお父さんも元気よ」

「良かった」

「会いには行けないの?」

「今更、会えないでしょ。元気ならいいの。良かった」


 それからアリョーシャとミルヒ先生は、家族や友達の思い出を楽しそうに、時折、言い争いに発展しつつ、長い間話し込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る