アリョーシャとミルヒ
雪に閉ざされた冬の間、同居の三人は、ますます勉強に力を入れていた。
僕の方は裏山の探索に費やしていた時間を、街道の雪かきの仕事や麓の食堂で働き小銭を稼いだ。
近隣に足を延ばしてリンを探しに行くことも考えたが、アリョーシャと裏山の事が気になったので、図書館で調べたり、食堂でのお客さんのお話に耳を傾けたりする方に時間を使うことにした。
図書館では、精霊様がいるという記事は一つも見つからなかったが、裏山で子供たちが遊んでいたり、木の実を収穫している様子が学園の季刊誌などに掲載されていた。
それと、四十年程前、十三歳の女の子が裏山で行方不明になったという話が街の記録に残っていた。
女の子を何日も探す様子と、見つからない事を心配するような記事があり、何週間も大きな見出しで掲載されていた。
記事を読み進めていくと、どうやら霧が出始めたのは女の子が行方不明になった後のことで、急に霧が発生するようになったことや、恐ろしい影を見たなどの不安を煽っているのかの記事が出るようになった。
しかし、そういった記事も月日の経過と共にだんだんと少なくなっていき、見つかったという記録は見あたらなかった。
女の子が見つからず、霧が出たことで裏山は危険な場所となり、山に入る人は段々といなくなったのだろう。僕たちが小屋を使い始めた頃には、裏山には道と呼べるような形跡はひとつも残ってなかった。
それから、竜や精霊様に関する本も探した。
竜に関する本は絵本や童話を中心に数多く並んでいた。
本の中の竜は火を吹いたり、空を飛んだり、お姫様や世界を救ったりしていた。それとは逆に、姫を攫って英雄様に倒されるようなお話もあった。
どちらの本にしても、竜は圧倒的な力の象徴として書かれていた。
昔、母さんに教えて貰ったのは、竜の素材はまじないや薬の材料になると言われたことだが、竜に関しての素材、実用的な薬の調合方法や、コハクが話してくれたような竜の生態について書かれている本は見つからなかった。
パラパラと絵本をめくりながらぼんやり考えていると「ワタクシも子供の頃はお話に出てくる不思議な生き物にあこがれたわ」
後ろから声が聞こえてきたので、慌てて振り返る。
「こんにちは、アーク。そろそろ雪も終わりよ。まだ裏山にはいかないの?」
案の定後ろに立っていたのはミルヒ先生だ。
アリョーシャは春になったら山に入って良いと言っていた。
最近は少しずつ温かくなってきて、雪が溶けだしてきた。日向の雪は解け始めているが、まだ日陰に雪が残っている。
「もう少し……二、三週間後の方が良いと思います」
「今年の雪はもう降らないと思うわ」
この地で初めての冬を過ごした僕よりは、長年この地で暮らしているミルヒ先生の言うことが正しいのかもしれない。
「でも、まだぬかるんでいて危ないと思います。先に入って確認しておきますので」
「ワタクシのことなら気にしなくて大丈夫よ、裏山は庭みたいなものだったって言ったじゃない」
それは恐らく、四十年以上前の話だろう。不安だ。
ミルヒ先生が一緒に行くとなると、絶対に雪解けを待つべきだ。
でも、待ち遠しかったのは僕も一緒だ。
少しの言い合いの末、次の次の休日に行くことになった。
朝早くから大きな荷物で訪ねてきたミルヒ先生と一緒に、二人でゆっくり進んだ。
相変わらず霧が出ていて、足元はぬかるみ、ちゃぷちゃぷと足音をたてる獣道の脇を雪解け水がサラサラと流れている。
半年以上もかけて足元を整備し、目印に紫の花を植えた道をゆっくり登ると半日程度で頂上へたどり着いた。ミルヒ先生は息も絶え絶えだった。
「はぁ、ふぅ。平気よ、平気だけど。やっぱり若い頃のようにはいかないわねぇ」
「大丈夫ですか?とりあえず座りましょう。お茶でも沸かしますね」
食器や防寒具等の入った荷物を降ろし、火をくべ、お茶を沸かす。乾いた薪も持ってきた。
「それで、どうすればアリョーシャと会えるのかしら」
「火を焚いて、紫の花の側で呼べと言われたのですが、そんなので本当に会えるのでしょうか」
「なにそれ、本当に会えるのかしら。やっぱり、そのアリョーシャは人間ではないのかしら」
「わかりません。急に霧の中から現れたので、普通の女の子とは思えなかったのですが。ミルヒ先生は何故その子に会いたいのですか?」
「あなた、図書館でいろいろ調べていたじゃない。この山で女の子が行方不明になったことは話したわよね。その子の名前がアリョーシャなの。でも、アリョーシャはワタクシと同い年のはずなんだけど……」
ミルヒ先生は言いながら、お茶を飲み干すと、もう一枚外套を羽織い、大きな荷物を再び背負った。
「では、ワタクシは一旦隠れるわね。部外者が一緒だったら会えないかもしれないじゃない。念の為よ」
ミルヒ先生はささっと姿の見えないところまで行ってしまった。
ちゃんと隠れたのかは分からないが、霧の中あっと言う間に姿が見えなくなった。
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