アリョーシャ

 道を切り開いては登り、紫の花を植えて目印を作る。進めなくなったら戻る。

 それを繰り返し、頂上と思わしき場所にたどり着いた時は雪がちらつくようになった冬の始まりだった。


 この山に登ったのは頂上が目的ではないが、道中には手がかりとなりそうな物は見つからなかった。そして、これ以上は登れる場所は無かった。

 あいかわらず霧が出ていて確認できないが、地図と照らし合わせると、先は湖に囲まれているし、先は断崖で降りられない。


 とりあえず、一休みして火を焚くことにした。もう陽が暮れてしまって、風が冷たい。

 そろそろ本格的に雪が降る季節になる。春頃に氷室を作るときに見た日陰に残った雪の厚さからは、冬はこの山には入ることが容易ではないだろうと、想像することができた。


 この山がここで終わるのは距離的に地図と合わない気がするのだけど……峰の一つかもしれない。でも、相変わらずの霧で確かめようがない。

 他になにか手がかりを探したいがどうしたら良いか、考えがまとまらない。

 途方に暮れて焚火を見つめるしかできなかった。


 しばらく、ぼうっとしていると目の前に影ができた。

「あなた誰?そのおかしな花はなに?」

 影の主は人の形をしていた。年頃はリリスと同じ位の女の子に見える。

 話しかけてくる口調や態度からだいぶ年上なのだろうか。それとも……

「……精霊?」

 リンやコハクのような気配はしないが、こんな時間に山に一人で入ってくる女の子が人なんだろうか。

「私が質問しているのよ、あなたはなに?」


「名前はアークです」

 突然の人影の出現と質問に頭が働かない。


「そう、その花はなに?」

「え?あの、僕は紫の花と呼んでいます」

「見たまんまじゃないの。どう見ても紫の花ね。なぜ植えているの?という質問よ」

「この山には道が無くて、この花を目印にしています」

「なぜ山に入ってくるのよ、霧が出ていて危ないじゃない」

「人を探してるんです」


「え?誰か行方不明になったの⁉」

 なんだか、冷淡だった口調が急に感情が入ったように思えた。


「いつからいなくなったの?その子の特徴は?」


「いえ、あの、この山にいるとも限らないのですが」

「どういうこと?」

「あの、あなたは精霊様なんでしょうか。この山に竜が迷い込んでいたりしてませんか」

「……その竜はあなたの何?」

「家族です」

「あなたの親なの?」

「いえ、祖母の兄のお嫁さんです」

「あなたのお婆さんのお兄さんの奥さんってことはつがいがいるじゃない。番はどうしたのよ」

「6年前に亡くなりました…」

「そう…では残念だけど、その竜はもういないと思うわ。番を亡くすと残った竜の命は長くないから」


 突然の物言いに喉がぐっと詰まった。

「でもっリンの雨は降っている!!」


「力があるうちに亡くなった場合、亡骸なきがらには竜の力がそのまま残るわ。たぶん近くにあると思うわ、よく探したの?」

「探したっ!絶対近くにはいなかった」


「……そう、わかったわ。でも、この山に竜はいないわ。今は帰りなさい。雪が降って危ないから、これからはもう絶対山には入らないで」


「でもっ!ずっと探しているんだ、やっと少し手がかりがあると思って」


「うるさい!あんたの事情なんて知らないわよ」

 思わず大声をあげてしまったところを、さらに大きな声でたしなめられて、はっと我に返った。


「その子は私も探すようにするから、春になったらまた来なさい」


 あれ?探してくれると、春になったら来ても良いと言っている気がする。

 山に入ったことを怒って追い出そうとしているわけではないのか。

「……分かりました。春になったらまた来ます。その時はどうしたらまたあなたに会えますか?」


「そうね、ここで今みたいに火を焚いてくれる?そのお花の側で呼べば聞こえると思うわ」


「あ!待ってあなたの名前は?」

「アリョーシャよ。さよなら」


 女の子は、あっと言う間に霧に溶けるようにして姿が見えなくなってしまった。

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