氷室
草を刈りながら進んだ道は、思ったより進んでおらず、すぐに戻ってこれた。
山を下ると霧は晴れ、戻ってきた方を見上げるとぽっかり晴れていて、雲も霧も出ている感じはまったくなかった。
「お昼の気温が上がる頃また登ってみよう」
再びペータとヤギを連れて登ると、先程と同じように登るにつれ、視界の見通しが悪くなっていく。
「上の方に湿地でもあるのかな」
「元々この山は湖に囲まれているよね」
「湖から上がる水蒸気かなぁ。水源があればそのうちヤギが見つけてくれると思うんだけど」
「水源だったら、この先雪を探し歩くのにも必要かもしれない探してみよう」
水源の場所が調べることができる精霊様の地図を開いた。
「上に水源がある、行ってみよう。こっち」
「なんでわかるの?……まぁいいや、戻れる算段はある?」
「大丈夫」
清々した心地がするそこは、故郷の精霊様の泉を思い出させた。
「水源を見つけたみたいだ。うちのヤギすごいだろう」
「そういえば、昔もヤギに水源を見つけてもらったね、お世話になったのを思い出したよ」
水源を見つけてから、ペータに精霊様の地図のことやリンのことを話そうと思ったけれど、手柄はヤギに持っていかれてしまった。
「とりあえず、休憩しよう」
『精霊様とコハクは元気かな』と思いながら水を汲もうと泉に手を入れると、湧き水で揺らいでいた水面が張りつめ固まった、声が聞こえる。
「アーク…アーク」
「…精霊様⁉」
「アーク。良かった。全然会いに来てくれないから、もう私のこと見えなくなってしまったのかと思ったわ」
そういえば、しばらくコハクと精霊様には会いに行ってなかった。
「ごめんね、なんだかいろいろあって…」
「リンはまだ見つかっていないって、ミスティから聞いているわ。あら、でもその辺り気配があるじゃない」
「え?」
「でも、なんだかつかみどころがないわ」
「え?え?なにも感じないよ」
「力が漂っている感じがする」
コハクの声も聞こえてきた。
「縄張りではないね、でも気配がする」
「僕にはなんにも感じないよ。それに、霧があってなかなか進めないんだ」
「あ、そうか。霧がそうかもしれないね、霧の竜とか」
「何のために霧を出しているんだろう」
「そんなの決まっているじゃないか、先に進ませたくないとか、入ってくるなとかでしょ」
「困ったな。でも調べる必要がある場所だって分かって良かった」
「なにかこっちでも気づいたら知らせるから、その泉から呼びかけてよ」
「たまには声を聞かせて、ミスティも心配しているわ」
「うん、アオフジありがとう」
「誰かいたの?」
ペータには僕の声しか聞こえてなかった。
「なんだか不思議な感じがしたから声をかけなかったんだけど、なにかあった?」
「えっと、僕の故郷に泉の精霊様がいて、その泉とここの泉と繋がったんだ」
「へぇ。精霊様かぁ、オレも見てみたかったな」
「精霊は大人になると大抵の人には見えなくなるんだって。この地図も水源を見つけられるように精霊様が力を貸してくれたんだ」
「そうか。ヤギが水源を見つけるのを上手なのも、そういうものが見えてるからなのかな」
「そうかもしれないね。それで、精霊様が言うには、霧は普通の霧じゃなくて、なにか不思議な力が働いているかもしれないって」
「そっか。それじゃ先に進んで雪を見つけるのは難しいかな」
「この地図があれば、ここの泉の位置と帰る方向はわかるから、迷ったらここに戻って来よう。もう少し上の方へ雪を探してみよう」
そこから上に登り周囲を探すと、日陰に雪が残っているところが見つかった。
雪を荷車に乗せて小屋に戻って来たところで、気づいた。
「どうやって保管すればいいんだろう」
「俺の隣の家の人は山肌に穴を掘って藁を被せていたけど」
「先に掘ってから探しにいけば良かったね。掘っているうちに溶けてきそうだ」
と言っているとふと、思い出した。僕の腹巻には、コハクがうっかり適当に力を込めた紙が挟まっている。
コハクは『どんな固い地面でもサラサラになる』と言っていた気がする。
でも、結構な大穴になるとも聞いた覚えがある。どのくらいに効果があるかさっぱりわからない。
恐る恐るコハクの土の竜の力の籠った紙を小屋の周りのガケ地の端に置いてみた。
山肌が崩れたりしないか怖い。
紙を置いてみるとすぐに、山肌は音も無くさらさらと崩れ横穴が開いた。
「ええっ。なにこれ」
ペータがびっくりしている、僕もびっくりだ。
とりあえず大事にならなったようで、サラサラな部分以外は強固な岩肌を確認できた。
「アークは、今日次から次へと不思議を持ってくるな」
「僕もびっくりしたよ。この紙はここで手放せて良かった」
テオとテルマを呼び、砂を掻き出して雪を運びこんだ。
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