リリスと石鹸

 婆ちゃんと毎晩お茶を飲みながら話をして、しばらくすると陰鬱いんうつとした気持ちが少し楽になり、夜もちゃんと眠れるようになった。


 しばらく休んで、お金を稼ぐ方法や旅の計画を見直した方がいいかもしれない。

 地図とにらめっこしながら次の目的地を考えていると、リリスが飲み物を持ってきてくれた。水は冷たくて薄紫色で日が当たってキラキラでシュワっとした。


「美味しい。どうしたのこれ」

「酸っぱい実とお花に砂糖をうんと入れて煮詰めたの。仕上げに果実をそのまま絞って混ぜたの」

 シュワシュワの水はリンが大好きだった。

 街に行けばで飲むことはできるのだけど、あまり街に行けないリンは、家で味を再現しようといろいろ試したけど、出来上がったものはいつも苦くてしょっぱい水だった。


「やっと美味しくできたな」

「でしょ。早くリン婆ちゃんに飲んでもらいたいな」

 リリスが満面の笑みで答える。

「早く帰って来て欲しいのにな。でもリン婆ちゃんの雨はたまに降るから、どこかで無事にいるわ。きっと……」

「婆ちゃんも同じこと言ってた」

「ねぇお兄ちゃん、足が治るまでしばらくかかるでしょ?私を手伝ってよ」

 リリスから薄紫色の四角い石鹸を渡された。良い匂いで、真ん中にお花がちょこんと乗っている。

「どうこれ?良い香りでしょ。もちろん汚れもちゃんと落ちるわ」



 リリスと毎日石鹸を作って、ふんわりとした爽やかな香りの中で無心に手を動かしていると少しずつ考えがまとまってきた。

 次は西側を回ってみようか『フルーゼ』の湖から船が出ていたことを思い出した。

 途中の街では足の臭いに困っている人がたくさんいた。この石鹸も売れるかもしれない。そんなことを考えていると小屋から話声が聞こえてきた。


「父さん、俺たち上の学校に行きたい」

 アルヴァ叔父さんとテルマだ。いつもならテオの声も一緒に混ざっているはずなのに、今は二人の声しか聞こえてこない。


 しばらくすると、テルマの声がだんだん大きく、荒々しくなってきた。気になってリリスと小屋に行ってみた。


「なんでだよ!一緒に行くって言ってたじゃないか」

 テルマの大声の相手はテオだった。テオは顔を上げず、なにか思いつめた顔をしている。


「勉強はしたいよ。でも俺、やっぱり薬草にも関わっていたい。テルマと一緒にいろいろ考えて作っているのは好きだけど、この先仕事にするなら薬草をもっと知りたい、薬草の勉強がしたい。だから俺はここに残って父さんからいろいろ教わりたい」


 真剣な二人の言い合いに一触即発な雰囲気が漂った。

 テルマはテオの襟首を持ち、鋭い目で見つめていて、殴るのではないかと思って止めに入ろうとしたが、それは叔父さんの間延びした一言で片付いた。


「あ~わかった。二人とも学校へ行きなさい」


「え?でも俺、薬草の仕事したいし、お金とかいろいろあるし」

「お金の心配をしてくれたのか。まぁ、少し厳しいから勉強しながら働いてもらうことにはなるな。テルマは機械とか製造を学びたいんだろう?それはここでは教えられない、学校へ行くべきだ」

「うん、でも…テオも一緒に行くって言ったんだ」

「学校には薬学の学科もあるんだろ?テオはそっちを学んだらどうだ。それからここに戻ってきても良いし、遠いところでもやりたいことが見つかったなら、そこで暮らしても良い、ちゃんと勉強してその間に決めなさい。それに二人で教え合えば、二倍勉強できるぞ。……なんてな、いくらなんでもそれは難しいか。ははははは」

 乾いた笑いでその場を納める。


 いや、違う。たぶんあれは挑発だ。

 テオの迷いは消え、テルマの怒りは静まった。

 変わりに二人の瞳にはやる気が灯っていった。

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