3章:青年アーク
故郷
リンを探しに
幼い頃はリンを見つけるのが得意だった。
リンは、雨上がりの草の香りがした。
爽やかで甘くもあり、離れていても、なんとなく気配を感じることが出来、その方向に進めばリンを見つけられることが出来た。
近くにはいない時は、遠くまで探しにいけばすぐに見つかると思っていた。
でも、なにも手がかりが無いまま、あっと言う間に半年は過ぎてしまった。
母さんとの約束を守って一旦帰ろうとはとても思えなかった。
それから、あっと言う間に二年経ち、陰鬱とした気持ちがどんどん沸き上がり、どこへ向かったらいいのか分からなくなった。
リンの気配を感じることもなく、街や村を訪れても目撃情報もないし、行先を示してくれるような手がかりもない。
困って、身動きが取れなくなっていたところ、ふと『半年に一度位は帰って報告すること』と言われたことを思い出した。
もしかしたら自分と関係しないところで見つかっているかもしれない、ということに一筋の望みを願い帰路についた。
足取りは気分と同調したかのように重く、家までもう少しというところで、くたびれていた靴の底が抜けてしまった。
気にはなったもののそのまま歩き続けたが、すぐに後悔することになった。
『大き目な石につまずいた』たったそれだけの出来事だった。いつもだったら『おっと…』の一言で済むはずだった。
だけど壊れた靴は足を守ってくれず、ぶつけたむき出しの足の爪は、あっという間にどす黒くなっていった。
「アーク。まぁ、まぁ、髪も背も伸びて、約束を守らないで二年もどうしていたの」
皆は久しぶりに無事な姿を見せたことを喜びたかったはずが、足を痛め、リンへの手がかりも無く、意気消沈している僕にかける言葉が見つからず、再会は暗いものになった。
それに、故郷でもリンの手がかりは依然としてつかめていなかった。
帰宅してからは、足が少し痛いだけで畑や家のことを手伝えるはずなのに、なんだか一日中眠くてぼうっと過ごしてしまった。
夜になっても眠気は治まらず、早めに就寝するが、ベッドに入るとなんだか眠れずに一晩中うっすら外の音を聞いていた。
その夜も、眠りながらいろんな音を聞いていた。
夜の鳥がほぅーっと鳴き、風がさわさわと通り過ぎる。
それから雨が降り出した。雨音に混ざってリンの声が聞こえた。呼んでる!!
ベッドを急いで飛び出し、全力で駆けだした。畑の方だ!
「アーク、アーク」
誰かに体を揺さぶられる。
「…あれ、婆ちゃん、リンは?」
「私は見ていないわ。家に戻りましょう」
雨は降っていなかった。
畑まで全力で走ったのに、なぜかここは家のすぐ脇の藪の中だった。
「さ、足を洗いましょ。靴を持ってきますね」
庭の小屋の隅にある薬草用の炊事場で足を洗い、婆ちゃんがお湯を沸かしてお茶を入れてくれた。
昔、サキさんのところで飲んだ紫色お花のお茶だった。
「美味しでしょ。リリスがいろいろ試して作ってるのよ」
「あの、婆ちゃんなんで」
「どこまで覚えてるかしら?」
「リンが呼んでいたんだ、夢だったのかな」
「そう、昨日の夜中も外を歩いていたことは?」
「え?」
「ね、アーク。アメリアがあなたの代わりにリンを探しに行く気でいるから、しばらく交代して休んでも大丈夫よ」
なんて返答したら良いか分からなかったけど、頭が勝手に横に振れた。
「私は毎日お祈りをしているの。私の気がリンに届くように。そうしたらね、たまに雨が降るの、リンの雨だと思うわ。私の気は届いてると思うの、リンの無事を信じられるわ。だからね、今はあなたの事がとても心配だわ」
旅に出ている間、リンの雨は僕の所には降らなかった。
少し涙が出そうになって、さらに頭を横に振り続けた。
「そうね。ではしばらくは、夜は自然に目が閉じてくるまで、私とここでこのお茶を飲むのはどうかしら」
僕が家を出てからも、帰ってきてからも、婆ちゃんや他の家族に心配をかけていたみたいで、その日の夜は
すぐ眠くなったり、なかなか眠れない日もあったけれど、毎晩婆ちゃんが眠れるようになるまでお茶に付き合ってくれた。
夜風に当たりながら、僕が家を留守にした間の二年間の皆の出来事や近隣のリンの捜索状況をいろいろ話してくれた。
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