認識の違い

 砂漠は昔、遠くから見たことがある。

 世界の果てまで続いているような一面の砂が、夕焼けの色に染まっていく。そんな景色を今でも鮮明に覚えている。


 裏山の捜索は終わり、アリョーシャとマナシに立ち入りを断られてしまった。

 けれども、次の目的地は決まった。

 リンがいなくなって、十年近く経ってからやっと掴んだ手がかりだ。早々に出発したいと思い、学園での仕事の引継ぎの為、ミルヒ先生を訪ねた。


「アークはすぐにでも旅立ちたいのでしょうけど、ワタクシは全力で止めますからね」

 てっきりミルヒ先生は、すぐに旅立てるように力を貸してくれると思っていたが、返事は予想とは違うものだった。

「砂漠は行ったことがあるのかしら?じっくり、きっちりと準備してから出発してもらいますからね」


 準備が大事なことは分かっている。僕はここに来る前もずっと旅をしていた。

 この学園都市にいたのもリンを探す為の旅の途中だ。だから準備はいつだって出来ている。


「学園の仕事に、区切りがつき次第出発しようと思ってるので、引継ぎを……」

「おだまりなさい!アークは砂漠について知っているのかしら?水がないのよ」

「水が無い砂ばかりのところというのは承知しています」 

ミルヒ先生がいくつかのしおりを挟んだ本を差し出す。


「水を得るためにお金が必要よ」

「水にお金がかかる?」

 旅をするには水の補給が大事だ。精霊様から貰った水源がわかる地図を持っていても、水場を常に考えて行動してきた。でも、水にお金がかかるとは思ってもみなかった。


「お金を持っていても、水が飲めずに乾いて死んでいくこともあるのですよ」


 そんなことは考えたことがなかった。旅人は水場を教え合い、助け合うものだと思っていた。

 ミルヒ先生が差し出してくれた本によると、砂漠に住む人々はわずかな水を求め、移動しながら生活している様子が書かれていた。きちんと調べる必要があるかもしれない。


「すみません。この本をお借りしても良いでしょうか」

「本は貸してさしあげます。でも、ワタクシが既にある程度は考えておいたわ」

 

最近分かって来た。ミルヒ先生が自分の考えを話し出す時は止められない。


「あなたの出発の準備の為に必要なことは主に二つあります。まずは一つ目、お金を貯めなさい」

 案の定、言葉を挟む隙はない。矢継ぎ早に二つ目も語りだす。


「二つ目!動物を獲ってきなさい。干し肉でも干し魚でも保存食を作りますよ」

「食料は干し肉や、乾燥野菜を買うつもりだったのですが」

「携帯食は便利なので、それはそれで良いと思いますよ。それより、気になっていたのよ。アークはその場で食料や食材を調達したりできないのではないかしら」

「木の実や野草は調達できますが、狩りは道具を揃えたり、獲物の処理や持ち運びで衣類が汚れてしまうので考えていませんでした」


「アリョーシャのお話から、あなたの次の行先は砂漠の真ん中。そこには街がありますか?たどり着くまでの道は常に安全なのですか?それに、砂漠に仕事があるとは限らないから、なるべくこの街で稼いでから行きなさい」

 確かに、今までは旅と言っても、なるべく安全な街道沿いと、街の周辺を中心に探し歩いていた。


「獣を捌けますか?あなたが出先で、身一つでも飢えないでいられるのか心配なのよ」

 正直、そうは言っても、旅の途中で汚れるのも、鍋を背負って歩くのも遠慮したかった。それに、血の匂いのついたまま、一人で夜の森を過ごせる自信は無い。でも、もしかしたら次の目的地にはそうは言っていられない場所なのかもしれない。


「狩りの名手になれとは言いませんし、食材は全て現地で調達しなさいとは思いませんよ。せめて、そういう選択肢もあることを肝に銘じて、動けるようになりなさい。それに干し肉は今作っておけば安上がりよ」

これも最近分かって来た。ミルヒ先生の言うことには、僕は何故だか逆らうことが出来ない。

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