次の日から早速、父さんと母さんは剣の稽古をつけてくれた。

 アルヴァ叔父さんと爺ちゃんからは薬草について教えてもらい、街に卸しに行くときには一緒に連れて行ってもらった。


 15歳まではあと4年程、そんなに経ってもリンが見つからないのは考えたくないけど、出来ることは増やして探せる範囲を広げておきたい。

 ここ数日は皆気もそぞろで他のことがが手に着かず畑も荒れ始めてしまったが、手入れをして少しずつ日常に戻りつつあった。



 ある日の午後、爺ちゃんと婆ちゃんと一緒に街へ薬草を売りに行き、店主に声をかけられた。

「最近この辺は嫌な臭いがするけど、山の方はどうだい?おかしなことはないか?」

 確かに、風に乗ってなんだか嫌な臭いがしている。

「家の方では感じなかったけど確かにここは臭うな。帰りに確認してみるよ」

「助かるよ、なにかあったら知らせてくれ」


 帰り道は遠回りをして、臭いを確認しながら歩いてみると沼のあたりへ近づく頃にどんどん強くなってきた。ねっとりと重い腐臭のようだ。


 僕たちの使う水源は家の側の小さな湧き水で、街の水源も別の場所にある。

 ここの沼は利用することはないから人が来ることはあまりない、以前来た時はきれいとは言えなかったが、水があって生き物もいて普通の沼だった。

 でも、久しぶりに訪れた沼はへどろの塊のようだった。生臭い悪臭を放ち、生き物の気配は感じることができなかった。


「ここでミスティに結婚を申し込んだんだ。ひどいな。いつから…こんな…」

 3人で小さな沼を見渡して呆然とした。


 最後にここを訪れた風景を思い出そうと考えていると、ヘドロ臭の他になにか匂いが混じってる気がした。

 匂いというか気配かもしれない、ふと見ると木陰に妹と同じ年頃の男の子がいて、婆ちゃんを睨みながらこちらに向かってきた。


「あの竜の子はどこに行った?」


「あなたリンのこと知ってるの?」

「名前は知らない。でもお前が竜の子を拾うのを昔見た」

「リンと最初に会ったのは何十年も前よ。あなたは誰?」


「2週間前から竜の気配は消えた。長いこと良い気で安心させて、結局はあの竜を売ったのか?」

「売るってなに?よくわからないわ、あなたは誰なの?なにか知ってるの?知っているなら教えて。昔みたいに動けなくなっているかもしれないし、どこにいるかわからないの」

 興奮した婆ちゃんは矢継ぎ早に詰め寄って、男の子の肩をゆする。


 僕は慌てて二人を引き離し、爺ちゃんが駆け寄ってきて婆ちゃんの背中をさすって宥めた。


 男の子は、強い眼差しで婆ちゃんを睨んでいたと思ったら唐突に泣き出してしまった。

「わぁああああん。僕だって、僕たちだって、わぁああああ」

 

 男の子を泣かせてしまった婆ちゃんは、はっと我に返って困惑して、慌てて男の子を抱きしめた。

 泣き叫ぶ男の子からしゃくりあげた小さな声で「助けて」と聞こえた。

 足元にはへどろの塊がうごうごしていた。


「ごめんなさい、落ち着いてちょうだい。私達で力になれることあるかしら、まずはお話しましょう」


 僕はおろおろするばかりだ。

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