散歩に
イーサは起きてこなかった。布団も乱れていないし、苦しそうな顔をしている訳でもない。
いつも通りの眠った顔なのに、ただ目を覚まさなかった。
どうしてなのかわからない。
わからないまま、その後のことがぼんやりとしている。皆が忙しく動き回っているのに、私だけ何故か体が動かない、視界がぼんやり霞んで皆の声もよく聞きとれない。
気づいたら夕方で、秋の風が冷たくて、どのくらいそこにいたかわからないけど皆でイーサを見送った。
ミスティの子供夫婦と4人の小さい孫たちも時折涙を見せるけど、気丈にふるまいお手伝いをしている。
なのに私は泣き叫ぶことしかできない。
「どうして!!イーサの周りには優しい気がいっぱいあって、皆もイーサが大好きだったのに」
「リン、人間は精気を糧として力に変えられないの…」
「知ってるけど。わからないわ、どうしてずっと一緒にいたいのにいられないの?」
私は本当は答えを知っている。知っているけどわからないし涙も止められない。
サニーは明るく振舞い、ミスティが背中を撫でてくれた。アークが手をつないでくれて皆優しい言葉をかけてくれる。
私は他にも知っている。ミスティはイーサとは兄妹で、サニーも私よりずっと前から一緒にいた。
アメリアとアルヴァは血が繋がった家族を亡くし、私よりずっと小さい子供たちも悲し思いをしている。でも泣いて叫んでどうしようもないのは私だけだ…。
それからも毎日、日は昇って夜になると眠る。イーサがいなくても畑の世話をするし、皆でご飯を食べる。
そんな日常を過ごすうちに泣き叫ぶことはなくなったけど、テーブルは一人分空いたままだし、待っていてもイーサが帰ってくることは無い。イーサとは二度と話せないし、姿を見ることはないと認識するしかなかった。
私はイーサにスープの作り方をたくさん教えて貰った、あのスープを食べたい。なのに作り方がわからなくなってしまった。
「ミスティ、私イーサの教えてくれたスープの作り方がわからなくなってしまったの」
「美味しく作れてるわよ」
「なんだか砂みたいな味でイーサのスープと全然違うわ」
「大丈夫よ、リン。イーサが教えてくれたスープの味は、時間が経てば、また美味しいねって思い出せるから、少し外に出て気分転換しましょうか」
「そうね。私ちょっと散歩してくる。帰って来たら私はちゃんとして、イーサ直伝の美味しいスープを作るわ。シュワシュワに合う、とびっきり酸っぱい果実も採ってくるからみんなで食べましょう」
皆は少しほっとしたように笑ってくれた。
散歩と言って家を出たけど、久しぶりに竜の姿に戻って空を飛ぶことにした。
竜の姿に戻った時にアークに見つかってしまったけど、内緒にしてと言ったら、キラキラした笑顔で送り出してくれた。
昔、同じような悲しくて怖い気持ちで飛んだような気がする。
でもあの時とは違う。イーサは幸せに過ごしていいたし、私も幸せな気持ちをずっと貰っていた。
父さんに逃げろと言われて逃げたあの日、尽きるはずだった命の力をイーサとみんなにずっと補充してもらった。
「楽しいことがいっぱいあったわ。でも人間の命は短いのね」
思わず口から出た言葉に今頃気づくなんて笑ってしまう。
空は青くなにもなくて、少しすっきりしたからもう帰ろうと思い、帰る場所があることに気づいてまた笑ってしまう。
やっぱりあの時とは全然違う。イーサにはもう会えなくても貰ったものは無くならない。
なんだか笑ってばかりで、これなら帰れそう気がした、けれど向こうからなんだか懐かしい感じがする。
ここがどこなのかわからないけど、そっちに向かってみた。
土砂降りの雨を抜けると深い谷があった。谷底に降りると薄い雨に変わった。
見上げると太陽の陽が差し、虹がかかってキラキラしている。
「綺麗…」
なんだか疲れてきた。ここは安心できる場所の気がして少し休むことにした。
少し寝て起きたらあの場所へ帰ろう。
きっと笑顔で帰れる。
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