30話 意外な再会
「や、やった……!」
どこかで聞いたことのある声。
目を開いたエリックの周囲には、汚れが一切ない、純白の空間が広がっていた。
(ここは……)
エリックは、一目で、自分がどこにいるのかわかった。見慣れたとまではいわないが、深く印象に残っていたからだ。
新しい生を得た最初のできごとだ。忘れようとするほうが難しい。
そう。ここは、一度死んだ自分を呼び、転生させた人物がいる空間。
「もうダメかと思った。いろいろと試したのに全然意味がなくて、諦めてた」
いまもなお聞こえる平坦な声。後ろを振り向くとそこにいたのは、
「だけど、わたし、がんばった。偉い。私。がんばった私……!」
エリックが思っていた通りだった。
先ほどからずっとしゃべっていたのは、手足を磔にされ、棒読みな独り言を口にしていた輝くほどの笑みを浮かべたグルブの女神――エクスだった。
「……久しぶりだな。エクス」
およそ一ヶ月ぶりだろうか。連絡手段を探すことを半ば諦めていただけに、思わぬ再会に、エリックも何をいえばよいのか迷う。
「う、うん。やっと会えた。ずっと試してたけど、やっときてくれた」
淡々とした声に反して、表情は満面の笑みだ。よほどうれしかったのだろう。
「最初は、反応がなかったんだけど、きてくれたってことは、私の声に気づいてくれたん……だよね?」
「エクス。いいづらいんだが」
だが、情報を共有させるため、誤解させたままにするわけにもいかない。
「俺は、いま死にかけている」
「……えっ?」
「右手は千切れて、左手も熱傷と裂傷で感覚がない。治療が可能なスキルの人間はいたが、失血死か外傷性ショック死になっていてもおかしくないな」
先ほどまで、自分は孤児院で壮絶な戦闘をしていたはずだ。
エリックは体の負傷を確認しようとしたが、全身が透明だっただめ、確認することはできなかった。喪失していたはずの手も
「えっ。ええっ」
うれしげだったエクスの顔が、途端に驚きへと変化する。平坦だった声も、わずかではあるが、高くなっていた。
「ちょ、ちょっと待って」
エリックが何かいうよりも早く、エクスはそういうと、その体が光る。
「エリック・ウォルター。当該者の存在証明……確認。肉体欠損42パーセント。自己修復不可能。他者からの干渉により修復中……」
しばらくすると、彼女は、安堵したように息をはいた。
「だ、大丈夫。あなたの肉体はまだかろうじて機能しているし、他者からの力で回復に向かってる。問題はまるでない」
「そうか。ならよかった」
ということは、リリアのリカバリーが効いているのか。いつになるのかはわからないが、遠くないうちに、エリックは目を覚ますだろう。
彼女のスキルをアテにしていなかったいえば、嘘になる。だが、結局のところ、敵を殺すためなら、自分の身を危険に晒すことをいとわなかった。
命をとした行動は、結果として、
「エクス。理由はよくわからないが、いまここに俺とお前がいるってことは、情報を共有できる機会だと思う」
「う、うん。私もあなたといろいろ話したいことがあった」
エクスのほうも同じように自分との会話を願っていたらしい。彼女側で何か不都合でも起こっているらしい。
「一ヶ月ほど旅をしてみたが、悪神の出所が、俺にはわからない。そっちのほうで、新しい手がかりはないか」
「……私は外界のことはほとんど把握できてない。だから。あなたが自由にしてくれればいい」
「自由にすればいいといわれても、俺はいつ死ぬかわからない。あるていど方針を決めてもらわないと、闇雲に調査をするのは効率が悪い」
実際、今回のことだってそうだ。一歩間違えば、エリックは死亡していた。ウェルという人間がいなければ、鎧を壊すことは、困難をきわめていただろう。
……とはいえ、避けられた展開だったと、いわれれば、否定できない。
今回は、引き返しさえしなければ戦闘を行う必要はなかった。見て見ぬ振りをして、街から出ることだってできたはずだ。
だが、体は勝手に行動をしていた。本来の目的とはそれていることは、理解できてたのに戻ることに迷いはなかった。
その結果、死にかけたのだが、後悔はなく、未練もない。しかし、疑問だけが頭の中でうずを巻く。
「……ごめん。悪神のことはほとんどわからない。方針といわれても、何も思いつかない」
エリックの言葉に長いこと黙っていたエクスが、渋い表情を作る。
「なんでもいい。可能性。いいや、あんたの思いつきでも構わない」
何もわからない自分よりは、少なくとも彼女のほうが、手がかりはあるはず。そうエリックは考えていた。
その質問にエクスはしばらくの間、目をつぶっていたが、やがて閉じた口を開く。
「……悪神が世界を滅ぼす以上、何かの混乱が起こっていると思う。戦争や感染症。大多数の人たちに被害を及ぼすことが」
「混乱……か。悪神が直接手を下さないのか」
「私がエリックに頼んでみるみたいに他の人へ意志を伝えてるんだと思う」
「……グルブを滅ぼすのを手伝っている人間がいるってことか? 世界がなくなれば、自分も死んでしまうのにか?」
理外しがたい。自分が死ぬのが目的なら、もっと簡単な方法がいくらでもある。
「……人によって考えていることや目的は違うから……」
エクスの口調はどこか煮えきらない。しかし、それ以上は何もいわないとばかりに口を閉じる。
混乱。他の国は不明だが。現在ルイス王国は混乱の最中にある。
その原因は、国をまとめる国王が原因らしい。異変があったのは、ここ数年。関係があるのだろうか?
「そ、それ。きっとそう」
エリックが事情を説明すると、エクスは首を強く縦に振った。
「ずいぶんな自信だな。心当たりがあるのか」
「ううん。だけど、間違いないと思う。
なるほど。この言葉は信用しないほうがよさそうだ。確証がない断言ほど怪しいものはない。可能性ていどに留めておいたほうがいいだろう。
とはいえ、現状、他に信用できそうな情報もないのは事実だ。
「ルイス王国の王子……らしき人物と接点をもった。まだ本人だという確認はしていないがな」
だが、敵や本人の発言からすると間違ってはいないだろう。
「その人は絶対に悪神と関係している」
「俺は、そいつと協力して敵を殺したんだが」
「だったら、その人繋がり。その悪い人間を辿っていけば、絶対に悪神に繋がる」
なおも証拠がないのに断言する口調のエクスだが、一理ないともいいきれない。少なくとも混乱の
「……どのみち、他にアテになりそうなこともないか……」
ただただ世界を旅するよりも、混乱している中に身を投じる。危険だが、いまの状況では、最もよい方法なのかもしれない。
か細いが、エリックが今度にすべきことを決めていると、透明だった体が、最初と同じように光始める。
「あっ。もう時間なんだ……」
エクスがぽつりとそういう。どうやら、エリックの意識が、元の肉体のほうへ戻る兆しらしい。
「ごめんなさい。私の力が足りないみたいで、次はいつ呼ぶことができるのかわからない」
「わかった。ただ、できるかぎり努力してくれ」
「……うん。また会えるのを楽しみにしてる」
「またがいつかはわからないが、次は吉報の一つでももってこれるように努力する」
「吉報……。うん。待ってる」
状況には未だ進展はない。
ただ、不明なことが多いいまは、何ごとも前向きに考えたほうがいい。
悪神が指示を出している人物を探す。そうすれば、本人に繋がる。
今回で、手がかりの欠片のようはものは掴めたかもしれない。後退や
だが、エクスの顔は、少し前から優れない。自身が想像していたよりも、状況が進展していなかったのだろうか。
「じゃあ、ばいばい」
淡々とした声もどこか低く、彼女は、別れの言葉を口にする。
「ああ。またな」
それにエリックは、返事をする。
その言葉には、特に深い意味はなく、文字通り次の再会を予想してのもの。
「……! うん。またね」
けれど、エリックが白い空間から消える直前、エクスの表情が一転して笑顔になっていた。
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