29話 決着

「いくぞ、ワーマワ!」 

「今度は王子が相手ですか。ではでは、楽しませてもらいましょうか!」


 ウェルとワーマワ。二人は同時に駆ける。

 

 エリックとウェルが交わした内容は、最小限のものだった。


 あの鎧を破壊することはできるのか。


 木剣と鎧が何度もぶつかり、その度手首に強い衝撃が走る。 


「ふむふむ。体力も精神もひどく疲弊しているにも関わらず、フルグレイトアーマーで壊れないあなたのスキルは、さすがというべきでしょうね。ですが、ですがっ!」   

「……くっ!?」

「その様子だと、肉体のほうの強化は、限界がきているのでないですか? はたしてあなたの肉体はどれだけ堪えることができるのでしょうね!」


 ウェルは答えた。全力を出せば、一部分だけなら可能だと。


 わかったと返事があった。

 その顔は、わずかに笑った。


 鎧と衝突の繰り返しにより、ウェルの両手の感覚は、もうほとんどなかった。木剣を一度落としてしまえば、再び握ることはできないほどに。


「フレイニル!」

 

 だからこそ、ここで切り札を使うことを惜しまなかった。


 ウェルは叫ぶとそれに呼応するように木の表皮が剥がれていく。


 それはもう木剣ではなかった。 


 眩く光る一本の剣。ウェルが名前を呼ぶことで、仮初めの形を破り、真の姿を顕然けんぜんさせる。


 途端にウェルの動きが劇的に向上する。いままでとは別人のように機敏。最初よりもずっと素早く、剣を振るう。


「……その力。中々に威力ですね。ですが、ですが、いままで使っていなかったところを見ると、制限時間があるのではないですか!」

「それがどうした! その前に君を倒すだけだ!」


 ワーマワが指摘したことは、紛れもない事実である。


 ユグドラシル、あるいは、フレイニル。どちらも一つのスキルだが、後者はいわば、短期戦用のスタイル。

 わずかな間、ユグドラシル以上の力を発揮できるが、そのあとは、反動により、しばらく、スキルが使えなくなる。切り札であるが、代償を伴う諸刃の剣。


「うぉぉぉぉ!」


 だが、覚悟を決めた行為は、目に見えてあった。


 壁を破壊し、木剣やエリックのスキルでは、もろともしなかったワーマワの鎧が徐々にだが欠けていく。


「ぐっ。これは……!」


 初めてだった。ワーマワの口から焦りのようなものが漏れる。


「どうしたんだい。ワーマワ。ずいぶんと余裕がなくなっているじゃないか」

「生意気をいうのは、私に勝ってからにしてもらいましょうか!」


 次第に追い詰められていくワーマワだが、それはウェルも同じだ。いや、むしろこちらのほうが、酷いといっていい。 

 一振り剣を振るうごとにユグドラシルを使っていたときの数倍ものスピードで、肉体は重たくなっていく。


「あああああ!」


 それでも、決して倒れない。手首の感覚などとっくになくなっていたが、自分の役目を遂げるため、ウェルは死力を尽くす。

 あとのことなど考えない。全力を超えた決死の一撃。


 たしかな手応えをウェルは覚える。

 

 黄金色だった鎧の腹部。そこから露出するのは、シャツを着た中年の貧相なお腹。


「や、やった……」


 そう。拳ほどのサイズだったが、ウェルのフレイニルによって、ついにワーマワの鎧の一部を壊したのだ。


 だが、彼にできたのは、そこまでだった。


 ウェルのフレイニルが消える。制限時間を迎えた証拠だった。


「惜しかったですが、私の勝ちみたいですね……!」


 まだ焦りはあるが、ワーマワの勝ち誇ったような声。もはやウェルには戦える力がないということが、様子からしてわかったのだろう。

 それは、何も間違ってはいない――しかし。


「それはどうかな……!」


 最後の力を振り絞り、ウェルが大きく飛び退くと、入れ替わるように、一人の人物が前に出る。

 既に息をするのが、やっとなほどのウェルは、せめてと内心で、祈る。


(あとは頼むよ。エリック……!)


 出会ったばかりの少年に頼るしかない自分の情けなさにどうしようもない憤りを感じるが、ウェルにできることはもうない。


 役目を終えた彼の前で、最後の攻防が始まった。 

 

 ×××

 

 エリックは制止し、両手で拳銃を構える。


 息を浅くし、呼吸を止め、集中する。手は震えておらず、銃口の先は、ウェルが、破損させた箇所を向いている。


 照準は正確。弾丸は、寸分の狂いもなく、目標に今度こそ届くはずだった。


 にも関わらず、銃弾はワーマワの体を壊すにいたらない。


 おかしなことは起きなかった。


「は、ははっ」


 ただ、ワーマワが、破損した箇所を隠すように手を置いていただけだ。もちろんその手は、分厚い金属で覆われている。


 そう。鎧は破損こそしたものの、あくまでも一部分のみ。別のもので、塞がれてしまえば、いままで通り、銃弾は弾かれる。


「はははっ! 残念、残念! 折角のあなたたちの無駄な努力も、このていどじゃあ、結局、私には届かないのですよ。あはははっ!」

 

 誰もが嫌悪するような高らかな笑い。


 


 手で守る。鎧が欠けた部分を隠すということは、すぐに修復することができないということ。


 だったら、問題はない。まだ何も終わってはいない。


 エリックがワーマワに近づいたのは、射程を少しでも縮めるためだけではない。

 

 あの男は、きっと気づいてはいないのだろう。

 エリックがコートから綿の塊を出して、耳に詰めていた意味など。

 

 拳銃をしまい、代わりに残り少ない精神力で、新しい武器を出現させる。


「今度はリッシェさんを殺したボールですか? 小賢しい。何をしようとも、結果は変わりませんよ」


 やはり、ワーマワは鎧を壊されたことで動揺しているのかもしれない。

 エリックが手にしているものは、よく見ずとも、手榴弾に比べ、形状が違うことは、一目見れば明らかなのに。

 

 それは球体というよりは、縦に伸びた長方形をしている。

 とはいえ、使いかたは、さほど変わらない。ピンを抜き、投げる。

   

「ふん。馬鹿馬鹿しい。無駄な努力というわけですか」


 ワーマワは避けるまでもないと思ったのだろう。一度見たこともあってか、破損箇所さえ守れば、手榴弾の威力なら、銃弾よりも脅威きょういではないのだと判断したらしい。


 エリックは長方形の物体を投げたあと、二つの行動をとった。


 まずは、鼻を片手で塞ぎ、大きく息を吸う。これで、耳に空気が詰まる。

 そして、近くにあった女の上半身だけを起こし、その下に隠れ、目をつぶる。


 通常の戦闘では、明らかに不可解な行動。

 だが、その行動の意味は、すぐに発覚する。


 エリックの投げた物体が、空中で爆発したとき。


 閃光が発生し、耳を焼くようなごう音が響いた。


 エリックの投げた物体は、役目を終えたように地面に転がる。

 爆発はしたものの手榴弾のように破片が散開することはなかった。なぜなら、それは、殺傷を与えるための道具ではないからだ。

 

 範囲にいるものは、二つの現象に襲われる。

 

 目が焼きつくような閃光。鼓膜が破れそうなほどのごう音。

 それじたいに殺傷能力はない。精々、燃焼時に軽い火傷を負うかもしれないていどだろう。


「ぐっ。ががぁぁあ!?」

 

 だが、視覚と聴覚を一時的に奪われたワーマワは、喉の奥が枯れそうなほどの絶叫を出していた。

 

 スタングレネード。閃光手榴弾は、文字通り、閃光を発生させ、視覚と聴覚を狂わせ、数秒ていどだが、相手の平衡感覚を麻痺させる。


 けれど、戦闘において、わずかな時間であろうと無防備になるということは、防御も回避もできないということになる。 


 ワーマワは隙間がない鎧をまとっていたが、周囲を視認でき、声も聞こえていた。となれば、片方でも有効な可能性は充分にあった。 


 エリックは、目をつぶり、死体を壁にすることで、光のほうはあるていど遮ることには成功していた。

 しかし、音のほうは、綿ていどでや空気を詰めたていどでは防ぎきれるはずもない。耳の奥がぐわんぐわんと反響している。


 もっとも、見えてさえいれば、狙いをつけることは可能だ。


 発砲音は聞こえなかったが、引き金を強く押した感触を受ける。

 何よりも、ワーマワの鎧の下の服に穴が開き、血が流れていることが、銃弾が命中した証だった。


「あっ。がっ……!?」


 あれだけ、悲鳴を聞きたがっていた人間が最後に何も聞こえないままに死ぬのは、皮肉なことなのかもしれない。

 

 それで決着がついた。きっと誰もがそう思った。


「甘い、甘い、甘いッッ!」


 だが、弾丸は、ワーマワを即死させるにはいたらなかった。


 撃たれた腹部が、真っ赤になりながらも、ワーマワはエリックへ瞬時に接近する。

 

 エリックは、すぐに拳銃で追撃しようとする。


 だが、それは判断ミスだった。


 右手をワーマワの両手に掴まれる。いまもなお、健在な黄金色の太い腕に。


 ぶちぶちと嫌な音が、響いた。

 

 エリックの左腕はワーマワによって引き千切られた。


「エリック様ッ!」


 自分を呼ぶ少女の悲鳴のような声。リリアだろうか。

 

 千切れた箇所から血が噴き出す。痛みによって、視界が歪み、左腕だけではなく、全身が燃えたような錯覚に陥る。


「さあさあ、聞かせなさい! あなたの悲鳴を!」


 どうでもよかった。聞かせるつもりなど毛頭もなかった。

 

 デッドコピーにより、左手から武器を出す。


 スキルの過剰使用。右腕を千切られたことによる痛みと熱で、目の前で何が起こっているのかすら、わからない。


 ナイフでは横幅が足りず、拳銃はまだ千切れた右腕に残存しているため、出現さえるのに時間がかかる。


 だが、頭で考えるよりも、早く、エリックの体は、なすべきことを行っていた。


 左手から出した手榴弾。二つの安全装置を解除し、割れピンの先を真っ直ぐに戻す。ピンを歯で引っこ抜き、そのまま割れた鎧の中に入れる。


「なっ!?」


 ワーマワの驚きに満ちた声。いま爆発すれば、エリックの身も無事ではない。

 自分の身を犠牲にするつもりか。そう語っているようでもある。


「……蓋ならあるさ」


 ワーマワ本人がしたことを真似ればいい。手榴弾を握っていた掌を開き、そのまま塞ぐ。


 

 

「……そんなに悲鳴が聞きたいなら、好きなだけ叫べ」


 エリックの力ない声は、手榴弾の爆発によって遮られる。


 腕をねじ切られたときとは別種の熱と痛み。深くめりこんだ鉄片のいくつかが、拳を貫通する。


 しかし、命をかけた行動の成果はたしかにあった。

 

 鎧がなくなり、痩せた体が、前のめりに倒れる。

 ワーマワの体の中は、無数の金属の破片に傷ついていた。胃も破れたのだろう。血に混じり、酸っぱい臭いもする。


 今度こそ、ワーマワは死んだ。


 それを確認したエリックの膝が、がくりと崩れる。


「エリック! なんてことだ。この怪我じゃ……」    

「どいてく……い! わたしのスキル……も間にあうかどうか……!」

「君は……?」


 男女の声が聞こえる。


 けれど、エリックは、もう何も見えず、わからない。


 死体同然の体は、そのまま意識を失った。

 

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