28話 弾丸を防ぐ鎧

 岩の塊が、前触れもなく出現した。


 鎧が黄金色をしていなければ、エリックはそう錯覚していただろう。

 死んだ二人とも違う見た目。分厚い装甲は頭から手足まで隙間は一切なく、元々の体を何倍にも大きくしていた。

 

 関節や繋ぎ目部分すらなく、もはや鎧と呼んでいいのかすら怪しい構造。それこそ金属の塊と表現したほうがわかりやすい。


 そもそも、普通、あの体では、動かすどころか着るのも一苦労。いや、痩せ細った体躯たいくでは、着た瞬間に、体が支えきれず倒れるだろう。 


 けれど、エリックは疑問を抱かなかった。


 物すらなかったのに、一瞬にして身にまとう方法。それがスキルによるものだとわかったからだ。

 おそらく、あの鎧には、重さというものがまったくないのだろう。あるいは着用者本人にだけ、重量という概念が反映されないのかもしれない。


(……まずいな)

 

 しかし、エリックはもっと別の重大なことを考えていた。

 跳弾した。それは、一つの事実を示す。


「あなた、たしか、エリックと呼ばれていましたか?」

「……」

「無視ですか。私は、騎士団第五部隊副隊長、ワーマワ・グッドレフといいます」


 痩せた中年の声は、鎧越しにも関わらず、スキルの恩恵なのかくぐもってない。


「奇妙な武器が使えるスキルですね。威力も中々。だからこそ、残念です。騎士団に入ってもらえれば、有望な人材になっていたでしょうに」


 顔は丸みを帯びた兜らしきもので覆われている。いいや、全身が一つの金属のように繋がっているため、はたして兜と呼んでいいものなのか。

 自分が負けるとは微塵みじんも思ってもいない端から勝負がついているような発言。

 

「あなたのスキルはたしかに強力です。けれど、私には敵わない」


 金属の塊がエリックへと一歩近づく。 

 

「攻防一体。絶対的な防御力をもつ私のスキル。このフルグレイトアーマにはッ!」


 自信に満ちた言葉が、戦闘の合図となった。


(速い!)


 駆ける速さは最初に殺した男に負けない。いや、むしろそれ以上か。


 エリックは弾倉を交換し、引き金に指をかける。

 だが、金属のぶつかりあう音がするだけで、ワーマワは一向に止まらない。 


 回避するわけもないということだろう。やはり弾丸が貫通しない。分厚い鎧に阻まれる。


 数発試したあと、エリックは撃つのをやめた。跳弾した弾丸が、自分や周囲を巻きこむ危険性があったからだ。


 敵は迫るが、武器らしきものはない。 


 だが、エリックは全力で真横に飛ぶ。

 

 その判断は、間違っていなかった。


 拳銃どころか手榴弾を使ったときよりもずっと大きな音が響く。

 巨大な金属の腕は、壁の中に深くめりこんでいた。


「中々の反応です。ますます惜しいですよ」

 

 中年の男――ワーマワは、草の山に手を入れたような気軽さで腕を引く。

 特別なことは何もしてない。ただ真っ直ぐ突きを繰り出しただけだ。


 攻防一体。つまり鎧は、防御だけではなく、攻撃にも優れている。仮にエリックが回避をせず、防御していれば、その部分の骨は折れ、重傷を負っていただろう。


「……詰め所や孤児院の壁を破壊したのは、その力か」

「やっと喋ってくれましたね。ええ、ええ。私のフルグレイトアーマーは壊すことにも優れているのですよ。むしろそちらを目的として使うことのほうが多いのですが」


 ワーマワはそういいながら、レンガを掴む。

 レンガは原形が保てなくなり、さらさらとした砂粒になって床に落ちる。

 虫の死骸や炭化した骨を握り潰したような。悪意に満ちた動作。


「物はもちろん人なんてもっと簡単に粉々にできるんですよ。知っています? 骨の硬さは年齢や性別以外にも違いはあることを。海や遊牧民の人たちは中々に硬いのですよ。食べているものが関係しているのですかね?」

「……ああ。骨の成長はカルシウムとタンパク質が大切だからな。肉や魚をよく摂取してるんだろ」

「カル……タン? うーむ。残念ながら、私にはよくわからない言葉ですね」

 

 エリックがワーマワの会話に応じたのは、有効な手段を考えるためだ。

 

 もっと近づけばどうだろうか。拳銃は本来遠距離で使うものだが、距離を詰めるほど威力は高くなる。

 いや、撃った鎧はへこんでいるどころか、傷すらついていない。どれだけ近づいたとしても、壊すことは不可能だろう。


 ナイフでは話にならないし、手榴弾は強力な武器だが、一つ一つの鉄片は細かく貫通力でいえば、至近距離の九ミリ弾に劣る。

 エリックが使えるもう一つの武器も相手の動きを阻害することはできるが、直接傷つけることはできない。

 

「ではでは雑談もほどほどにして再開しましょうか!」


 しかも、スキルを使える回数は、残り一度か二度。考えなしに使えばあるのかもしれい勝機は完全に消える。

 それゆえ、エリックは新しく何かを出現させることはせず、ワーマワの猛攻にたいし、回避の手段しかとれない。


「ほらほら、どうしましたか! 逃げ回っているだけではあなたも死んでしまいますよ!」


 挑発のつもりだろうか。だが、闇雲に立ち向かうことはしない。 

 

(……あの鎧のスキルを解除した瞬間は狙えないか)


 そうエリックは考えたが、装備するタイプの場合、はたしてどれだけの力を消耗するのか不明だ。しかも、敵の余裕な口ぶりから短時間というのは考えづらい。


 鎧をまとった体を振るう。全身が鈍器。すべてが人を殺すには充分すぎるほどの凶器となる。


 仮に防御を試みようとするものなら、その部分の骨は粉々になるか、間に腕を挟もうが、瓦礫を盾にしようが生じる結果は変わらない。


 直撃は致命傷。そんな中で回避を続けるのは、肉体も精神も相当な負担がかかる。


「はははははっっ!」

 

 笑い声を響かせ、縦横無尽に駆ける姿は、動物の突進どころではない。大型の車、いや、もはや戦車が迫ってくるといっても過言ではない。


 いまのエリックにできることは、避けながら逆転の策を考えることだけ。自分一人で乗り切る方法を模索する。

 だから、思いもしていなかった。


 自分に迫るワーマワの体が、真横から加えられた力により、転がっていくことなど、想像できるはずがなかった。


「ぐっ……!」


 何が起こったのか。それは当事者であるワーマワにはわからなかっただろう。

 だが、すぐに何ごともなかったかのように立ち上がり、納得したような声を出す。

  

「おっと。そうでした。そうでした。王子。あなたがいたのを忘れていましたよ」


 その言葉は、エリックに向けられたものではない。

 割って入り、全力で木剣を振るった金髪の少年にだった。

  

(……王子?)


 エリックは疑問を覚えたが、そんなことになど気づかず、二人は話を続ける。 


「ワーマワ。君の目的は僕のはずだ。相手を間違えるな」

「ええ、ええ。ですが、どうにも楽しくなってしまいまして。興奮の昂ぶりを抑えられなかったのですよ」  


 かなりの速度で何度も横転したにも関わらず、ワーマワの口調には苦しそうな様子は感じられない。 

 我慢しているというわけではないのだろう。バランスを崩すことはできても、ダメージには繋がらなかったらしい。 


 金髪の少年の視線が、エリックのほうへと移る。髪と同じ色をしている金色の瞳は、直視するのをためらいそうになるほど輝いていた。


「エリック、だったね。怪我はないかい?」

「……ああ。お前は戦力として考えてもいいのか。まだ病みあがりのようだが」

「君のおかげで、少しは休めたよ」

 

 少年は力なく笑う。体を動かしたことで昂ぶっている頬は青白く、やせ我慢をしているのが、エリックでもわかった。


「それに僕はこんなところで絶対に死ねない」


 けれど、静かに発した声には、揺るぎない信念を。燃えるような瞳は、強い決意を感じさせる。

 

「……そうだな。その点については俺も同じだ」


 こんなところで、死ぬわけにはいかない。新しい生を得た自分には、まだ何も目的をはたしていない。


「僕はウェル。エリック。彼を倒し、この場にいるみんなを守るために、君の力を貸してくれ」

「ああ。目的は同じみたいだからな。ウェル。俺とお前であいつを殺すぞ」


 一人は拳銃を。もう一人は木剣を構える。


 少年二人は、凶悪な敵へと挑む。 








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る