27話 望まぬ帰還
物陰から出てきたエリックは周囲に目を向ける。
教会の壊れた壁に怯えているネラやリリア、他の孤児院の子供たち。
果実の毒に苛まれていたはずの少年。
整った装備をした男女と二人を束ねている痩せた男。
(おおかた予想通りか)
エリックが戻ってきたのには、もちろんわけがある。
街の入口であった建物が倒壊するような音。それは、旅に必要な保存食品と水を大通りで購入していたエリックの耳にも届いていた。
音の発生源――詰め所に向かい、唯一無事だった兵士から事情を聞いたところ、ルクス王国、本国の騎士がシュドレーにきたことを知る。
来訪はめったにないことらしい。
通常起こらない事態が発生した場合、理由があると考えるべきだ。
街の全容についてエリックは乏しかったが、その中であった前兆のようなもの。
数日前、孤児院に運ばれてきた一人の人物。毒に体を苛まれ、上等な服を血で汚していた金髪の少年。
あっている自信はなかった。どちらかといえば、疑問を払拭させるために引き返したといったほうが正しい。
様子見、というよりは、最悪の可能性を想定したともいえる。間違っていないことを確信したのは、途中で聞いた教会のほうに響いた破壊音だった。
結果、エリックは再び戻ってきてしまった。別れも告げずに去った孤児院へ。
孤児院の入口にいたリリアは何がいいたそうだが、開いた口が途中で閉じる。
エリックが、視線を傾けると騒ぎを起こす要因になった金髪の少年と目があった。
病み上がりなのだろう。過度な運動にせいか、また体調を崩したらしい青い顔には、突然の乱入者にたいする困惑の色が見える。初めて見た金色の瞳は、太陽に反射する水面のように輝き、澄んでいた。
彼の正体は、エリックにはわからない。けれど、騎士たちが口封じのために孤児院の人間に危害をくわえないともかぎらない。
それに、ネラは金髪の少年が大人しく殺されることをよしとしないだろう。そして既に自分は発砲をしてしまった。
となれば、すべきことは決まった。障害を排除する。
この場にいる三人を殺す。
エリックは無言のまま拳銃を鎧を着た男のほうへと向けて発砲する。
立て続けに起きる銃声。だが、騎士は走りながら回避していく。
いままでの野盗とは違う洗練された動き。
しかし、半分ほど弾丸を消費したあと、騎士の男は避けきれないと判断したのか腕の籠手で防御しようとする。
だが、弾丸は籠手を貫通し、人体へ浸食した。
「ぐっ……!?」
騎士の男が驚きと痛みにより、わずかに止まる。
その隙をエリックは逃さなかった。
硬いはずの鎧がへこみ、撃ったぶんだけ穴が開く。
国の騎士が使う正規品の鎧。しかし、それでも、九ミリ弾の音速を止められるほど強固ではなかったらしい。
地面に倒れた騎士の男の体はまだ動いていたが、エリックは容赦なく頭を撃つ。
何かをいおうとした男の口が半端な状態で停止する。血と黄色い液体が、周囲に飛び散った。
まずは一人。弾丸はまだ残っている。
「よくも、マッシヴを!」
女性の騎士の怒声。仲間を殺された怒りの矛先は当然殺したエリックへと向く。
彼女は弓を構え、エリックのデッドコピーのように何もないところから矢をつがえ、放つ。
「気をつけて! その矢は追ってくる!」
金髪の少年のいった通りだった。
追尾機能があるのかエリックが回避しようとしたほうへ矢も曲がる。
「死ね!」
恨みの声にエリックはあくまでも冷静だった。
拳銃を一旦、コートにしまい、壁に背中をつける。
そして壊れた壁の残がいを両手にとった。
投げ落とそうとしたのではない。エリックの手前で斜め上に曲がった矢を盾のようにして、使ったのだ。
「……なっ!?」
女性の騎士の驚いたような声。
壁を背にすれば死角を防ぐことはできる。あとは急所さえ防げばいい。多少の傷は負う覚悟だったが、幸運なことに無傷で済んだ。
エリックは相手の隙を逃さず、発砲する。
しかし、命中しなかった。
エリックには、相手が撃つよりもわずかではあるが、早く避けたように見えた。
(……まさか銃口を見て着弾する場所を予測しているのか……?)
銃弾が射出するのは一箇所なのだから、銃口を見てさえ、いればあるていどの狙いはつく。
初見では違ったのかもしれないが、既に何度か発砲はしていた。矢と銃では勝手は違うが、同種の武器ではあるため、仕組みに関して見当がついたのかもしれない。
このまま連射をすれば殺害は可能だろう。だが、銃弾の浪費は避けられない。
エリックは周囲を確認した。
運よく、金髪の少年と孤児院からは離れており、痩せた男とは距離はある。
(出し惜しみをしている場合じゃないか)
エリックは、拳銃をコートの内側に一旦しまう。
デッドコピーは、生前の世界の武器をコピーして使えるスキルだ。初日に使えたのは、ナイフと拳銃だった。
けれど、シュドレーに向かう途中の戦闘で新しく二つ武器を出せるようになった。
その手にある小さな球体。
無機質な手の平サイズの丸い塊に、上にピンや、細長い棒がくねるようについている、しいて表現するのであれば、大きなヘタのついたリンゴだろうか。
エリックは、ヘタのような部分は握ったまま、ピンを離すと真上に敵に向かって投げる。
そして巻き添えをくらわないように全力で後ろへと退いた。
女性の騎士は、球体から離れようとした。
けれど、あまりに遅かった。彼女はその射程範囲から逃れることはできなかった。
それは、計算しつくされた形状は火薬が炸裂したとき、四方八方に飛び散り、近くにいた人体へ突き刺さる。
拳銃とは違い、連射性はなく、一度ずつしか使えず、射程距離は短いが、威力や範囲は広い武器。
起源でいえば、銃よりももっと昔であり、銃にも使われている技術もある。
爆薬を進化させたもの。名前は手榴弾。
拳銃で発砲したときよりも、ずっと大きな音が、辺りに響いた。
「ぐぁ……!?」
苦しみに満ちた叫びがわずかに聞こえた。すぐに聞こえなくなったのは、喉をやられたか、絶命したからだろう。
煙が晴れる。弓は消えていた。
女性の健康的だった皮膚は熱でこげ、金属の破片はいくつも体に刺さっていた。
エリックの投げた手榴弾は、目的通り、狙った相手の命を確実に奪うことに成功していた。
手榴弾の恐ろしいところは、爆発のさい、細かに別れ破片となる外側の形状にある。水面に向かって上から石を落とせば、水は全体に飛散するようなものだ。
計算された爆薬と形状は、範囲にいる対象だけを正確に傷つける。
問題なのは、拳銃の弾倉と同じくらい精神力を浪費するだ。あと二発しか弾丸がないのに弾倉を変えないのは、少しでも余力を残しておきたいからでもあった。
エリックは、拳銃を最後に残って一人に向けようとする。
そのときにようやく気づいた。
周囲にいる人間が自分に向ける恐怖の感情に。
助けたはずの金髪の少年はもちろん、面識があるネラや子供たちもまるで悪魔でも見ているような視線をエリックに向けている。
見当はつく。無表情のまま冷淡にむごい方法で殺害する一人の少年は敵味方問わず、恐怖でしかない。
自覚はあるし、どう思われようが構わなかった。自分が勝手にした行動だ。一度決めた以上、何をいわれようがしかたがない。感謝なんて求めるほうが、筋違いというものだろう。
恐怖以外の感情は少ない。
その一人であるリリアも顔をひきつらせている。見慣れたわけではないだろうが、旅をしていた中で、エリックの容赦ない殺害にたいする耐性はできていたらしい。
そして、もう一人は。
「素晴らしい! ああ! とても素晴らしい!」
部下を殺された痩せた中年だけは、なぜかとろけたような笑みを浮かべ、細い腕が折れそうなほど拍手をしていた。
「リッシュさんのあの悲鳴! 少しでしたが、何、今際の一声こそ価値があるというものです」
誰もが不気味に聞こえる内容を、痩せた男は大声で口にする。
周囲にどう思われようが構わない。いいや。むしろ自らが恐ろしい存在であることを認知させるためわざと大きな声を出しているようでもあった。
エリックが動じないのは、似たような人間が生前に何人かいたからだろうか。
詳細までは思い出せないが、他者を痛めつけることを嬉々として行う。生来のものか生まれ育った環境なのか。理由は定かではないが、常人では理解できないところで快楽を覚えるタイプらしい。
話をするつもりなど最初からなかった。何かされないうちに殺そうと引き金に指をかける。
「ではでは、ふがいない部下も死んでしまったようですし」
拳銃の存在は知らないだろうが、威力は理解しているはずなのに、痩せた中年の笑みはどこまでも余裕を保っている。
「――――」
小さく何か呟き、それを銃声がかき消し、笑みが消える。
二つの金属がぶつかった音が響いた。
弾丸が弾かれた。エリックがそう気づいたのは、音が原因だからではない。
「そろそろ私も働きましょうか」
痩せた中年の姿はどこにもなかった。
その全身は黄金色の鎧に覆われていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます