26.5話 けれど王子は誰も守れない

 高々と笑うワーマワにウェルは、鋭い眼差しを向ける。


「……ボクを追ってきたのかい。ワーマワ」

「ええ。ええ。話が早くて助かります。ご同行をお願いしてもらっても?」


 ワーマワはあげていた口角を少し下げ、再び慣れたような作り笑いを浮かべる。


「……素直に従えば、ここにいる人たちに危害は加えないと約束してくれるか?」

「ふむふむ。本来であれば、許されませんが、王子様の願いであれば、一考してもよいかもしれませんね」


 意外なことにウェルの取引にワーマワは思案するように頷いている。

 しかし、その顔を見て、彼は察した。

 

「ワーマワ・グッドレフ。ボクは君のことをよく知っている」

「これはこれは、私のような一介の騎士の詳細までも王子様が覚えておいてくれていたとは。感激のあまり捕まえるのに、少々負い目が出てしまいそうです」

「けれど、それは悪名のほうだ」

「おやおや?」


 ワーマワは笑ったまま眉をひそめる。  


「一見すると職務に忠実 けれど、職務という理由があれば、徹底的に相手をいたぶり、その声を聞くのを楽しむ。明らかに常識の範ちゅうを越えている行為だ」

「それはそれは、一体誰から聞いたのでしょうか?」

「君の上司。第五部隊の隊長だよ。……城の脱出に尽力してくれた彼は、ボクを逃がすために囮になってくれた」


 ウェルは自らの不甲斐なさに端正な顔を歪ませる。

 たいして、ワーマワのほうは、あっけらかんとしたものだった。


「知ってますよ。彼を殺したのは、私なので。上司の悲鳴は中々に痛快でした」

 

 ワーマワの浮かべる気味の悪い微笑み。

 それを感じたのか後ろにいるシスターや子供たち。意味を理解できないほど幼いものですら、怯えたように泣きじゃくっている。 


「……ためわらなかったのか」

「仕事ですから。体調よりも上の階級、騎士団長、いえ、国王様の命令なら従うのみです。まだ王子であるあなたには、その権限はありませんが」

「……君の性根の悪さは、よく知っている。既に結論なんて出ているんだろ」

 

 ウェルは木剣を構えたまま、ちらりと後ろを見る。

 子供に追いつき、彼を守るようにその身を盾にしている二十代後半の女性。


「おやおや、一考するといったのは、嘘ではありませんよ? だますつもりはありません。もっとも、一考した上で結論を覆すつもりはありませんでしたが」


 あくまでも、丁寧な口調と態度を一貫するワーマワ。


「同行はしてはもらえないと。まあまあもちろん、そうなりますか」


 だが、この男の異質さは、敵味方も含め、この場の全員が感じていることだろう。


 ウェルも、最初から交渉が通じると相手とは思っていなかった。会話をしていたのは、微かな糸口を探すためと少しでも体力を回復するためだった。


 だが、ウェルの願いとは裏腹に状況も体調も好転していない。


 それでも戦うしかない。


 恩に報いるためだけではない。無辜むこの民を守れるのは、自分しかいないのだから。


「ワーマワ殿は出られないので?」

「惜しい気持ちはありますが、私が出れば殺しかねないので。それにあなたちの丁度いい鍛錬たんれんになります。特にスキルがないマッシヴ君は、手柄は立てるチャンスですよ? 一つくらい誇れるものがあれば、それを自慢にしていけますし」


 弱々しい姿から発した言葉は、第三者が見ればいいわけに聞こえただろう。けれど、大仰でも、強がりでもなく、笑みを浮かべているとはいえ、淡々とした口調。


 精神が残虐とはいえ、副団長という地位は並大抵の力ではなれない。


 つまり、ワーマワは、数千人いる騎士の上から数えた早いほどの実力者。いま、スキルを使われれば、自分に勝ち目がないことはウェルもわかっていた。


 ワーマワの後ろにいた男――マッシヴは、無言のままわずかに首を縦に振る。

 そして走りながら、腰にある剣を抜いた。

 

「くっ!」 


 鉄の剣と木剣がぶつかる。 

 鋭利な金属と木材がぶつかった場合、本来後者は受け止められない。

 けれど、ウェルの木剣は相手の剣と真っ向から対峙していた。


「……ただの木剣ではない。……スキルか」


 刃の向こうから発する騎士の声。見た目よりもずっと低くしゃがれた声は、ずいぶんと久しぶりに口を開いたようだった。


「君は自分のしていることが正しいと思っているのかッ!」

 

 返事はなかった。剣を押す力がさらに増していく。


 ウェルも、自分の体が本調子じゃないことは、とっくに自覚していた。


 スキルは、持ち主の体力や精神に比例して、効果や威力、使用できる限界が決まる。体調が万全なときと高熱を出したときでは、本来の体力や知力を発揮できないのと同じようなものだ。


 スキル――ユグドラシルにより、身体能力を向上したとはいえ、ウェルの体はまだ病み上がり。通常に比べて、半分ほどの力しか出せていない。


 マッシヴのほうはスキルをもっていないが、騎士として相当な訓練を積んでいるのだろう。無駄のない素早い動作で剣を振るう。


 ウェルも幼いころから剣術を習っていた。だからこそ、相手の力量がいまの自分とほとんど差がないことが理解できる。  

 

 とはいえ、敵は一人だけではない。

 

 マッシヴが横に退くとすかさず女性の騎士――リッシュは矢を放ち迎撃してくる。


 しかし、ウェルは、油断なく、リッシュの動きにも目を光らせていた。射られた瞬間、その場から離れる。

 

 それで難なく避けることが可能なはずだった――のだが。


「なっ!?」


 想像に反して矢は、まるで意志をもったかのように真横へ逸れたのだ。

 

 不自然すぎる軌道。ウェルは後ろへ下がるが、また矢の軌道は自らのほうへと曲がり、向かってくる。

 寸前のところを木剣で防がなければ、矢は腹部を貫通していただろう。


(弓と矢を出すだけではなく、射ったあとの方角を変えることができるのか……!)

 

 しかし、ウェルが、状況を把握するよ余裕はなかった。

 マッシヴが再度襲いかかる。

 前衛と後衛にきっちりと別れた統率のある立ち回り。隙を生じない猛攻が幾度となく繰り返される。


 ウェルは剣と矢の対処をするしかなく、騎士二人に無力化するどころではない。

 視界の端では、シスターの女性が、子供たちを裏口から逃がそうとしていた。 


「おっと。逃げることは、許可できません」


 だが、ワーマワの静かだが、たしかな脅迫がそれを邪魔する。

 

 次第に追い詰められていくウェルには、打開策など一向に思いつかない。


(……いや)


 無力化する方法だけなら実はある。 

 けれど、それだけでは最後の敵は倒せない。王国騎士団第五部隊副隊長――ワーマワ・グッドレフには敵わない。

 

 彼一人では、誰も倒せない。誰も守ることができない。


 ウェルの息は次第にあがっていき、剣筋や動きも鈍くなっていく。


(やっぱりボクには誰も守れないのか……!)


 マッシヴの後ろにいるリッシュが、矢を構える。


 次こそは防御も回避も難しい。

 そう思った窮地に陥ったウェルが、やむおえず切り札を使おうと――したとき。



「えっ……?」


 教会にいた数人だけが、その音の正体に気づいた。


「ッッ!」


 リッシュが飛び退いたかと思えば、代わりに矢の先端が、ばきっ、と二つに折れる。それは、先ほどまでの彼女がいた地点でいえば、心臓に近い場所だった。


「誰だッ!」


 返事はなく、奇妙な音はもう一度起こる。

 リッシュは、回避に専念せざるおえなくなるが、結果として、攻撃はまったく当たらない。


「……避けられるか」


 淡々とした声は、期待や失望はなかった。


 味方なのか敵なのか。足音もなしに暗い路地裏から姿を現したのは。


 片手に奇妙な形をしたものを握っていたウェルと同い年ほどの茶髪の少年だった。




 



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