24.5話 祈りは神に届かない 

 ネラが何か発する前に、痩せた中年が口を開く。


「旧教会にいる青髪のシスター。話に聞いていた通りですね。とはいえ、一応確認を。ネラさんでしょうか?」

「え、ええ。あなたがたは……」

「っと、すいません。では、こちらも紹介を。私は、第五部隊副隊長のワーマワ・グッドレフといいます。後ろの二人は、部下なのであまり気になさらず」


 そういったワーマワは、金で作られた騎士の紋章をとり出す。


(……兵士じゃなくて騎士)


「旧教会の税は、今月分既に払っているはずです。それとも、私の活動に何か問題はあるのでしょうか」


 いいながら、実は彼女自身、その可能性がほとんどないことはわかっていた。


 ルイス王国の首都であれば、話は別だが、ここはシュドレーだ。何かあったとしても通常なら対応するのは兵士だろう。ましてや騎士などありえないに等しい。 

 それに一切の支援を受けない代わりに孤児院の存在は教会に黙認されていたはず。

 

 相手の目的が不明だ。ワーマワという人物は笑顔であり、物腰も柔らかいはずなのだが、ネラは警戒心を解くことはできなかった。


「まさか、まさか。とんでもない」


 ワーマワは大げさといってもいいくらいに首を横に振る。


「赤の他人である子供を見捨てず受け入れるシスター・ネラの献身と慈愛の心。とても素晴らしいと思います」

「……騎士様にお褒めいただけるなんて、とても光栄だわ。もしかして、ここにきた理由は援助の話でしょうか?」


 まさか、そんなわけがない。本来の教会が孤児院として機能しなくなったのは、ルイス王国による増税が原因だ。

 ネラ本人は故意ではなかったが、いまの発言は遠回りな皮肉の意味もあった。


「力になれず心苦しいのですが、騎士団の活動費は簡単には使えないのですよ。私個人のお金であれば、少しであれば寄付しますが……」

「ワーマワ殿。話がそれています」

「っと、そうでしたね。寄付する話については、用件が済んでからにしましょうか」

  

 後ろにいた女性の騎士が注意し、ワーマワは前を向いたまま返事をする。

 

「では早々に本題へ。実はシスターに、少々協力してもらいたいことがありまして」

「スキルすらない私が騎士様の力になんてなれるでしょうか……」


 ネラは頬に手をおく。弱気な声は、自分は無力で何もできないのだと、受けとってもらえただろうか。

 けれど、内心では、焦りが表面に出ないよう必死に努めていた。


「いえいえ、ご安心を。あなたに何かしてもらいたいというよりは、ただ、教えてもらいたいことがあるだけですよ」

「エクス神の教えでよければ、いつでも喜んで伝えますが」

「それも興味深いですが、またの機会にするとしましょう」


 ネラの軽口をワーマワは笑みとともに、一蹴していった。


「私たちはとある目的で、人を探してまして。金髪で金色の瞳の少年なのですが」

「……金髪の少年」

「はい。年齢は十四歳。いえ、まあ人によっては、一、二歳若く見えるかもしれませんね。とても整った顔立ちです。そのような子供が、孤児院にいないでしょうか」


 ワーマワの言葉で、ネラが思い浮かんだのは、毒から回復はしたもののいまもなおベッドで寝ている少年のこと。


 運ばれた日にち。特徴から考えると騎士たちが探している人間は彼なのだろう。     


「騎士様が探しているということは、その子はよほど大切な存在なのでしょうね」

「詳しいことは機密なので」

「あら。協力するのだから、少しくらい教えてはもらえませんか?」


 あくまでも好奇心の延長戦、といった態度で、ネラはたずねる。

 すると後ろにいた女性の騎士が、鋭い視線を向けた。


「呆れたものだな。神に仕えるにも関わらず、人の秘密を知りたいのか?」

「リッシュさん。善良な市民に暴言は、控えてください。そうですね。シスターのいうことにも一理あるでしょう。最低限のことを明かすとしたら、私たちは罪を犯した人物を追っているのです」


 ワーマワはそういう。

 なるほど、とネラは思った。おかげで答えは、すぐに決まった。


「そうね……。孤児院の子はみんな可愛いけれど、金髪の子もいるわね」

「やっぱり、そうでしたか。では、その子をつれてきてはくれま――」

「だけど、ここ数日で新しく孤児院にきた子はいません。申しわけないけれど、騎士様たちの力にはなるのは、難しそうです」  


 まだ目覚めていない少年が、善人なのか悪人なのかはわからない。

 

 けれど、はっきりしたことが一つあった。金髪の少年が罪を犯していない。

 証拠はある。誰にも気づかれないうちに使った彼女のがワーマワの虚言を見破っていた。


「……そうですか……。なるほど。なるほど」

 

 ネラの返答に、最初から笑っていたワーマワは、わずかに放心したような顔をしていたがすぐに元の表情へと戻る。


「では、しかたがありません」


 しかし、その顔が、突然別の何かで覆われ見えなくなる。


(えっ……?)


 ネラが疑問の声を口にする暇もなかった。  

 耳の奥が破れそうなごう音とともに、孤児院の壁が砕けた。


「きゃっ!?」

  

 悲鳴とともに、ネラの顔に壁の一部だったものが、当たる。痛みはなかった。ただただ驚きのあまり、声をあげていた。


「ふむ。短い悲鳴ですが、中々の反応でした」


 いま起きたこと彼女は明確に理解することはできなかった。

 かろうじてわかったのは、ワーマワが巨大な何かに変貌へんぼうしたかと思えば、腕を突き出して壁を破壊したということ。 


「実はこの孤児院に目的の人物がいることは、わかっているんです」


 けれど、いたのは先ほどと同じように痩身そうしんな姿。


「とはいえ、強引に押しかけるのは、野蛮かと思い、協力を促してもらおうとしたのですが……」


 一時間ほど前、門のほうで、何か大きな音が聞こえた。もしかするとアレも彼――ワーマワが関係しているのだろうか。


「……突然壁を壊すのも充分に野蛮じゃないかしら」

「従ってもらえなかった場合、多少の脅しは、有効的ですから。もちろん、壁の補修はしますよ」 


 ワーマワは、先ほどと一切変わらない笑みを浮かべている。孤児院の壁を壊した事実などまるでなかったかのようにだ。しかし、冷静なだけに返って恐ろしい。 


「私たちの所属が騎士ではないと訝しんでしまうのもしかたがありません。怪しんでつい、嘘をついてしまうのも理解できます」

 

 一見相手のことを理解し、同情しているような態度のワーマワだが、きっとネラが聞いていなくとも勝手に話を続けていたに違いない。


「なので、もう一度だけ。彼の身柄を私たちへ渡してはもらえませんか?


 物腰は丁寧であり、平和なのもすべて表面上だけだ。お願いしているようであるが、実質強制と同じだろう。


 ここで断ればどうなるのか。騎士に逆らうのだ。よくて投獄、悪ければこの場で命を落としたとしてもおかしくはない。

  

 仮に抵抗したとしても、ネラでは三人を倒すことは不可能だ。いや、壁を壊したワーマワですら勝つことは叶わないだろう。


 ネラの頭に最悪の結末がよぎる。回避するには、素直に認め、全面的に協力するしかない。


「……あなたが探しているような罪人はここにはいないわ」


 それでもネラは否定した。


 何か具体的な対策があるわけではなかった。むしろ無策といってもいい。

 けれど、迷いなく口にしてしまっていた。仮に相手が誰であろうと彼女は、子供を見捨てることなどできなかった。

 

「意地ですか。利巧な選択肢とは思えませんが……」


 今度のワーマワは、笑みを崩すことはなかった。


「けれど、いいでしょう。個人的には悪くない」


 ただ、質が変わった。頬に力を入れた作りものから、ほころぶような笑みへと。


「では、リッッシュさん。事前にいっていた通りお願いします」

「……ワーマワ殿がされないのですか?」

「私のスキルだと相手が非力すぎてすぐに終わってしまいますから」

「……わかりました」


 ワーマワの問いに女性の騎士は淡々とした様子で左手を前に出し、右手を胸から少し離したところへ置く。

 どこから出したのか、彼女は弓を手にし、半身に構えていた。


 男性は最初から剣を所持していたが、女性の武器はもっていなかったはずだ。スキルによるものだろうか。


 ネラはごくりと息をのみ、足を震わせながらも騎士たちの前に立ち塞がる。


「ところで、シスター。恥ずかしながら、私、とても人に褒められたこととはいえない趣味が一つありまして」

「……?」


 ワーマワの脈絡のない話にネラは眉をひそめる。


「人の悲鳴。いえ、正確には、心からの叫びを聞くのが心底好きなのです。騎士の庶務の妨げになる場合は、そうした機会をいただけるので、私には向いてる職務だといってもいいかもしれませんね」


 脅しのつもりなのだろうか。恐怖は覚えるもののネラはぐっと堪える。

 

「ただ、さすがに少ないのです。子供の叫び声を聞けることは」


 けれど、意味を察したとき、全身の血の気がひいた。


 投獄でもない。いますぐに殺されるわけでもない。

 いや、これから騎士たちが行うことなど彼女にとっては、きっと拷問ですら生ぬるいと思ったに違いない。 


「みんな、逃げてッ!」


 ネラは振り返る。矢は、崩れた壁のほうへと向けられていた。


 壁が破壊された音を聞きつけた、あるいは、最初から庭のほうにいたのだろう。

 矢の切っ先は、孤児院の庭にいた子供の一人を狙っていた。


「やめて!」 

「いいえ、やめません」


 最後の懇願ですら、笑顔とともに一蹴される。


 結局、ネラの性格を考えるのなら、あの場で正しいこたえなどなかった。 

 

 金髪の少年を渡せなかったこと。相手が自分の常識が通用しない相手であったこと。最悪の場合に備え自衛の手段をもっていなかったこと。 

  

 過ちはいくつもある。だが、いまさら後悔したとしても結果は変わらない。


 祈りは神には届かない。天から何か振ってくるわけでもない。

 放たれた矢は怯えたままの子供を貫く――


 まさにその直前のことだった。


 風が吹いた。そして堅いもの同士がぶつかった音が響いた。


「えっ……?」


 神は何もしなかった。奇跡は起こらなかった。


 だから、子供が無事だったのは、人為的な行動によるものしかなかった。


「よかった、間にあった……!」


 いつの間にいたのだろうか。正面に立った人物が、握っていた木剣ぼっけんで矢を叩き落とした。


「ああ。ああっ! やっぱりいるじゃあないですかッ!」


 ワーマワは歓喜の叫びを荒らげる。

 骨しかないような痩せた体のどこからそんな声量を発生させることができたのか。ネラの悲鳴。

 孤児院の壁の破壊、いや、きっとシュドレーの鐘の音に匹敵ひってきするだろう。

 

「金色の髪と瞳! そして木剣!」

 

 ワーマワの視線は、木剣をもった人物に釘ツケになり、その名を呼ぶ。


「ご健在で何よりですよ。七代王子ロズウェルト・ルイス様!」


 そこにいたのは、数日間意識がなく、ついさっきまで、ベッドで寝ていたはずの少年だった。








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