22.5話 残虐な魔の手を止めるすべはなく
シュドレーの入口にある詰め所。そこに勤めるサルソ・ベーコムは、不真面目だが、最低限、職務には忠実な兵士だった。
そのせいか彼よりももっとやる気のない同僚や先輩から、外からやってきた人間を対応を押しつけられることも少なくはない。
(まったく、仕事よりも賭けカードゲームをしてる時間帯のほう長くねえか。あいつら……?)
大きくため息をはき、口にはしないが、内心では不満だらけ。
だが、しっかり外に出て対応しているのだから、案外、サルンは本人が思っているよりも真面目な性格をしている。
もっとも、それはシュドレーの兵士全体にいえることかもしれない。
他の兵士たちもめんどうくさがり、応対するのも死ぬほど渋るが、賄賂や横領はしていない。一つ隣の街の兵士は、本来の倍近い金を強制するのだから、横暴だ。
(……まあギャンブルをしながらも自分たちの金を回しているだけ健全なのかね)
そんなことを考えながら、サルソは、門へと近づいてくる三名にいつものように仕事を行おうとする。
「あー。入る前にこの羊皮紙に名前と人数を書いてくれ。それと税は、数日前に上がって……」
「いえ、私たちは公務できていまして」
「あっ……?」
っと、普段であれば、いつも口にしていた言葉が、真ん中の男性に遮られる。
よく見れば、左右にいた二十代ほどの男女の服装が、サルソと同じような鎧を着ている。いいや、その装備はどれも彼よりも質がよさそうだ。
サルソの疑問の声を聞いてか、真ん中にいた中年の男性が笑みを浮かべて続けて口にする。
「ルイス王国第五部隊騎士団所属、副団長のワーマワ・グッドレフです」
「騎士……?」
騎士団――それは、訓練でつける兵士とは違い、血筋や身分を
立場ではいえば、兵士長や街の市長よりもさらになのだが、ただ、どうにもサルンは、騎士が好きにはなれない。
作られた当初こそは、高尚な騎士道を重んじていたらしいが、時代とともに、
「はい。これが、紋章と封書です」
「あ、ああ。い、いえ。はい。確認します」
しかも、後ろの若者二人はともかく、自らを副団長だと名乗った中年の男性は、鎧や武器を所持していない。体型骨のように細い。とてもじゃないが、剣など振るえないだろう。
(精神系のスキルがあるのか? それかやっぱりこんなもんなのかね。古い伝統だけを頑なに守る騎士様っていうのは)
スキルがある以上、どれだけ見た目が貧弱そうでも、実力は、別なのかも知れないが、少なくとも目の前のワーマワ・グッドレフは、枯れ枝のような印象を受ける。
ワーマワのかさかさの手がもっているのは、後端が炎に包まれた鉄塔を大鷲が喰らうルイス王国の紋章だ。封書にも同じ
内容はとてもシンプルなものだった。彼らの任務に兵士は、全面的に協力しろということ。税なども免除だ。
サルソは、めんどうでしかたがなかった。任務は、守秘義務が生じているらしく、 たずねるのも知るのも禁止されている。理不尽な仕事は兵士にありがちだが、突然きた騎士に命令されるのは、はっきりいえばいけ好かない。
「えっと、わかりました。それで、俺たちは、何をすればいいんですかね」
「いえいえ、勤勉に働いているあなたの手を
「は、はあ……」
ワーマワは、騎士というイメージに反して、物腰が低いというか、とても丁寧な印象を受ける。
「ただ、詰め所にいる職務の怠慢は、いけません。見逃すことはできません」
「……はいっ?」
「少し失礼。騎士として、兵士の皆さんに一言注意する義務があります」
サルソが、状況を理解している暇などなかった。
ワーマワは、十メートル先にある詰め所へと向かっていく。
「……ああ。ワーマワ殿の悪癖が」
女性の騎士が呆れたような声を漏らしたことで、サルソはようやく冷静になる。
けれど、そのときには、既に遅かった。
「みなさん。こんにちは」
ワーマワが丁寧に挨拶をすると、詰め所にいた人間全員の視線が、入口のほうへ集める。
「あんっ? なんだ、てめえ? サルソのやつが、外にいただろ。他のやつの手続きの間、ここで待ってろとかいわれたのか?」
「そうではありません」
詰め所にいる男たちは、誰もが厳つい
「じゃあ、なんだよ。っと、もしかして、てめえもカードに興味がある系か? だったら、参加してみるか? 何、心配すんな。こっちは、低レートだから、メシをおごるくらいの金しかとらねえ」
「いえ、私はこれから仕事があるので、ご遠慮させていただきます」
「……仕事? その見た目だと、商人か何かか?」
「いえいえ。私はこんな見た目でも、一応騎士をしてまして」
その瞬間、カードゲームをしていた男たちの手が全員止まる。
「なので少し注意を。カードゲームも楽しいでしょうが、仕事中に感心はしません。ルイス王国を守る人間の一人だという自覚をもって、職務に励んでください」
所属は違えど兵士と騎士では、騎士のほうが、圧倒的に階級は上だ。しかし、ワーマワはあくまでも、諭すような口調で伝える。
少しの間、詰め所には、沈黙が流れる。
そして、返ってきた反応は。
『あっはははっ!』
狭い詰め所に、男たちの大笑いが、反響した。
ワーマワの見た目が
「おいおい、笑われせんなよ。騎士様にしては、ずいぶんとひょろっちい体型してるじゃねえか!」
くわえて、返事をしたのが兵士が詰め所では、最も強情な人物であった。
階級は同じだが、兵歴でいえば、仲間内では最長。そのせいか、一定の範囲は超えないものの、傲慢な態度をよく振るう。サルソが苦手としている部類のタイプ。
もっとも、悪人かというと、一概にもそうはいえない。
賭博のカードゲームは、率先して参加するのに、彼の常識にあてはまれば、横領や賄賂は汚い手段であるらしく、行わないように周囲へ伝えていた。
「ほら、テメエが、本当の騎士だったとしても、あんたがたの仕事の邪魔はしねえから、とっとといったいった」
この場合、男は善人か悪人なのかの
「おや。これはいけません」
一人の兵士は、きっといままでの人生で最も間違えてはならない局面で、過ちを犯した。
「では、まあ少しばかり、反省をしてもらいましょう」
素直に従えば、このあと起こる惨状を避けることができたのに。
××
詰め所は、シュドレーの街ができた当時からある建物だ。そのため、かなりの年期はある。
しかし、古いとはいえ、石で作られた建物。たとえ巨漢が大剣を全力で振るっても、壁はわずかに傷がつくだけだ。生半可なことでは、崩壊なんて不可能。
その詰め所が跡形もなく、破壊されていた。
建物という形を保つことができていない。すべてではないが、ほとんどの石が、粉々になっている。
さらに、詰め所に中にいた兵士六人は、死んではいないものの、すべて重傷を負っている。中には着衣している鎧が壊れているものもいた。
それは起こしたのは、三人――ではない。
たった一人の騎士。痩せこけた中年――ワーマワ・グッドレフのスキルによって、十分足らずで、詰め所は跡形もなく壊され、重傷者をうみ出した。
「いまいち。スキルをもっている人物は、誰もいないのですね。もう少し抵抗してくれるのを期待していたですが……」
ワーマワは目の前で倒れていた兵士の腕を踏む。
筋肉がなく、脂肪も最低限しかない痩せた足。
しかし、踏まれた人間の腕が折れていた場合、激痛が走ることは変わりない。
「ギャアアアアァァァァ!」
呻いていた兵士から溢れるあらんかぎりの叫び。
「……やっぱり、ただの凡人じゃあ、このていどの声ですね」
ワーマワは拍子抜けしたようにため息をはき、
「まあまあいいでしょう。メイン前の前菜くらいにはなりました。いえ、序曲の前の前奏曲でしょうか。雑音混じりではありましたが」
最後に兵士の顔を蹴る。いくら細い足でも、重傷を負った人間の顎先だ。意識を奪うには充分だった。
これで、この場にいた兵士は、倒れた。
ただ、サルソだけは、傷はない。彼は先ほどの惨状を前にして、腰を抜かしてしまい、一歩も動けないでいた。
「まだ一人残っていますが、よろしいのですか」
「ひっ……!」
女性のほうが、どこからともなく、弓をとり出し、サルソに向ける。
しかし、ワーマワが、弓の前を遮るように手を向ける。
「いけませんよ。リッシュさん。罪もなく、真面目に仕事をしている人間に暴力を振るうことは」
「へっ?……」
恐怖を受けていたサルソだったが、思わず耳を疑った。惨状をたったいま作った張本人の言葉だろうか?
いや、やる気がなかったが、彼は警備としての仕事を忠実に行った。内心はともかく、それがワーマワにとって、真面目に仕事をしていたと捉えられ見逃された?
だが、裏を返せば。ワーマワの発言は、別の意味にも繋がる。
理由があれば、どんな暴力も肯定できる。何をしても許される、と。
そのことに気づき、サルソは、止まっていた恐怖の感情が再び
「すみません。詰め所を破壊してしまって。私のほうから、市長のほうには、伝えておきます」
「えっ? あっ……」
サルソは、口を開こうとするが、上手く言葉を発することができない。
「それはあとにしましょう。ワーマワ殿。あなたの起こした悪癖のせいで、ずいぶんな騒ぎになりました。対象が逃走しないともかぎりません」
「悪癖だなんて、とんでもない。リッッシュさん。これも立派な仕事の一つですよ。ほら、マッシヴ君なんて、不満一ついわず、見守ってくれたというのに」
「それは単に彼が、無口なだけです」
ワーマワたちは、まるでサルソのことなどいないかのように、もう何も声をかけることはなく、横を通り過ぎる。
「あー。楽しみですねー」
街に入る中、ワーマワは、途中で聞いた鐘の音を思い出す。
サルソと接したときは違う、宿舎を破壊し、動けない兵士たちの骨を折ったときに浮かべていた邪悪な笑み。
サルソが知らないのも無理はない。
ワーマワ・グッドレフ。内に秘めた破壊衝動を振り回す機会があれば、逆らうことなく、発散させる危険な思考を秘めた騎士。
彼は、鼻歌を口ずさむようにいった。
「凜々しく誇りに満ちたあの顔立ちが、血と涙にまみれるのを。手足を千切ったときに発する声は、この鐘に負けないくらい素敵なものなのでしょうか」
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