21話 その出会いは知らず運命を変える

 礼拝堂の一角で、エリックは、隠していた荷物を確認していた。


 近辺を記した地図や火打ち石。いくつかのお金と宝石。崩れた瓦礫の奥からひっぱってきたのは、明日からの旅に最低限必要だと思い集めていたものだ。


 保存食や水は当日に購入していけばよいだろう。戦闘で使うナイフは、コートの内側にある。


(……大丈夫そうだな)

 

 すべてそろっている確認したエリックは、外から聞こえてくる慌ただしい音を聞き、荷物を元の場所へ隠す。


 見に行ってみると宿舎のほうがやけに騒がしい。いくつかある部屋の前に子供たちの人だかりができていた。

 そのうちの一人に事情をたずねると、相手は、少し戸惑いながらも教えてくれた。


 どうやら、エリックが、トレーニングをしている最中に一人の子供が孤児院へ運ばれてきたらしい。

 一度だけだが、新しい子供が数人孤児院にきたこともあった。珍しいが、めったにないこともないのだろう。

 

 けれど、以前に比べて圧倒的に注目をあびているのが、気になる点ではある。


「あの! 誰かエリック様を呼んでくれませんか!」

「リリア? 俺なら、ここにいるが」

「本当ですか? あの、ちょっといいですか?」


 なぜリリアに呼ばれたのかはわからないが、いわれた通り、エリックは中に入る。


 室内には、リリアとネラ。

 それにもう一人。堅い木のベッドで寝かされている人物がいる。


 鮮やかな金髪。その少年を見た途端、エリックは一目で、彼が高貴な身分だということがわかった。


 それはきっと、この場にいる全員が理解していることに違いない。


 もちろん、所々破れ、汚れてはいるが、元々の服の素材が上質であることも判断する基準にはなっている。

 

 けれど、隠せない気品というべきか。頬にこびりついている固まった泥でさえ、金髪の少年にかかれば、容姿を際立たせる一因にしかならない。


 似たような感覚をエリックは、エクスにたいして抱いたことがある。

 とはいえ、さすがに、彼女に比べると劣りはする。それでも、超常的な美貌びぼうと比較できるだけで、目の前にいる少年が優れた容姿をしている証明ではあった。  


 しかし、整った顔立ちは、現在青白く、額からは脂汗が流れている。時折口から 苦痛の声は、少年の体調が明らかに悪いことを示していた。


「リリア。こいつは、俺の知りあいか」  

「えっ?」


 リリアは戸惑ったような表情を浮かべる。

 てっきり、呼ばれた理由が、記憶がない自分と面識があるのかと思ったが、違うらしい。


「街外れの森で見つかったらしいの。地面には、食べかけの果実があったわ」

「……毒があったのか?」

「ええ。一つなら、目眩や頭痛を起こす軽い体調不良。だけど、食べ過ぎると高熱を起こしてしまうのよ」


 金髪の少年はきっと一つだけではなく、多くの果実を食べてしまったのだろう。結果、体は毒を消化しきれなくなってしまった。


「だけど、渋みがあって、普通じゃあ食べようなんて思わないの。それすらも口しないといけないほど、この子は、お腹が空いていたのね……」


 ネラの表情と声は、同情に満ちている。まるで、自分が同じ痛みを受けているかのようだ。


「リリアのスキルでも、治すのは、難しいみたいだな」

「あれ、エリック様。わたしが、スキルを使ったことは、まだいっていないはずですが……」

「効果はあったのかは知らないが、ここで話してるってことは、もう試したことくらいは想像がつく」

「あっ。そうですね……」」


 しかし、金髪の少年は、全快しているようには見えない。 

 エリックが治療してもらったのは、傷や内臓などの負傷だ。彼女のリカバリーは、毒や病気の類いは、治療できないのだろうか。

 

「わたしのリカバリーは、一定の時間が経った怪我は治すことができないんです……」

「俺と最初に出会ったときは、少し時間が経っていたような気がするが」

「ぎりぎりでした。二、三時間。半日も過ぎるとスキルを使っても効果がありません……」


 リリアは、声を低くし、伏し目がちになる。

 万能だと思っていた彼女のリカバリーにも制限はあったらしい。しかし、一定の時間だろうが、傷の治療が可能な時点で、重宝するスキルなのは間違いないが。


「……俺が呼ばれた理由が、いまいちわからないんだが」

「あの、エリック様はいろいろと知っているので、何か役に立つような助言をもらえれば……」

「悪いが、参考になりそうなことはいえそうにない。どの果物が、有毒か無毒かすら知らないんだぞ」


 旅をしながら、生前での知識を口にしたことが、リリアに博識だと誤解された原因だろうか。

 この時代の医療技術でエリックが可能なのは、傷の縫合くらいだ。しかし、それですら、素人が拙いながらに身につけた知識。力になれるとは思えない。


 しかし、そんなことをいっても、彼女たちは、満足はしてくれないだろう。


(……あとは、何かあったか?)


 汗をかきすぎるなら、水分だけではなく、多少の塩分をとる。炭を服用させれば、多少の毒を吸着きゅうちゃくできる。素人知識でならこれくらい。

 他に挙げるとすれば、細胞に働きかけ、自動的に傷や病気の治療をするナノマシンだろうが、古代ならともかく、現代のグルブにはない技術だ。


(あとは、もう医者に頼るしか……)


「……医者に診せてないのか?」


 ここにきてエリックはようやく、その疑問を口にする。この時代の医術レベルは高くないだろうが、少なくとも自分よりも無知というのは考えにくい。


「もう診察はしてもらったわ。薬をせんじて、額を冷やして、あとは、こまめな水分。たまに潰した桃と塩をひとつまみだけ混ぜて飲ませれば数日で回復するって」

「適切な処置のように見える。何か問題が?」

「早く治るにこしたことはないじゃない」


 つまり、この少年の容態が少しでも快方に向かうように、医者だけではなく、他の人物からの助言がほしいということか。


「だったら、俺は力になれそうにない」 


 仮に目の前にいる少年が毒により、命の危機に瀕していたなら、エリックは、なけなしの知恵を振り絞り、治療を行っていたかもしれない。

 

 しかし、その危険がないなら、話は異なる。


 中途半端な知識を披露し、悪化してしまうのは、むしろ避けるべきだ。

 水に濡れた手ぬぐいと医者が煎じたという薬のおかげか。エリックが部屋に入ったときよりも少年の呼吸は規則正しくなっている。


 けれど、ネラもリリアも納得はしてない様子だ。

 

 金髪の少年に何かしたいのは、二人が、他者を見捨てられない優しい性格をしているから。

 なんとなくだが、他にも理由があるような気がする。 

 

 意識がないにも関わらず、庇護ひご欲――というよりは、カリスマ性とでもいえばいいのか。エリックさえ、この少年から得体の知れない感覚を受ける。


「いえるのは、部屋を清潔に保つことだな。服もか。毒でも、体力が落ちてると、通常は平気な細菌が呼吸や傷口に入るのが、原因になって病気になる可能性がある」


 そのせいか、少ない知識の中で、役に立つような情報をつい口にしていた。


「細菌……? ようは、清潔にすればいいのよね?」

「ああ。窓を開いて空気の入れ替えもこまめにだ」

 

 ただ、伝えたのは、行っても問題がなさそうな範囲だけだ。清潔に保つことは、病人の体調を悪化から防ぐ簡単な方法の一つ。特効薬にはならないが、対策としては充分だろう。


「……ただな」


 だが、注意しなければならない点は、もっと他にある。


「どうしましたか。エリック様。なんだか、難しい顔をされているようですが……」

「……こいつ、誰かに追われてるんじゃないのか」


 服が汚れている原因は、泥だけではない。赤黒いのは、血が凝固したものだ。

 金髪の少年に外傷らしきものはない。返り血か他の第三者の血をあびたのかは、見当はつかないが、争いが起きた可能性が高い。


 最悪、この少年が原因となり、孤児院に危険がおとずれないともかぎらない。 

 さすがに外へ放り出せとはいわないが、場所くらいは移動させたほうがいい。 


「エリック君のいっている通りかもしれないわね」 

「だったら」

「だけど、それが、この子を見捨てる理由にはならないわ」


 ネラは、微笑んだまま毅然きぜんとした様子でベッドで寝ている金髪の少年に目を向ける。

 彼女はよくいまのような発言をする。子供を助けたい。根底にある感情は、そんなところか。 


「……この孤児院の管理者であるあんたが、そういうなら、好きにすればいい。俺はあくまでも、一個人として意見を口にしただけだ」

「ええ。そうね……。そろそろ布を変えたほうがいいかしら」

「あっ! わたし、新しい水をもってきますね。食堂のほうにまだ井戸でくんだのが残ってますから!」


 そういうやいなや、リリアは、部屋から出て行く。

 あとに残るのは、エリックとネラだけだ。


 丁度いいタイミングだった。外にはもう子供もおらず、話をしても誰かに聞かれることはない。


「ネラ。少しいいか」


 エリックは、数日後、一人で、シュドレーから去ることを伝える。


「……リリアちゃんが悲しむわよ」

「かもしれないが、一ヶ月もすれば忘れる」


 所詮は、雇用関係だ。いや、正確に結んでいたのは、ウォルター家の人間であり、自分ではない。

 仮に。万が一リリアが孤独を感じたとしても、その小さな穴は、新しい居場所がすぐに埋めてくれるに違いない。


 ネラは、諦めたようにため息をはいたが、強く引き止めたりはしなかった。自分の性格上、話しあいにならないと思ったのだろう。


 しかし、エリックは、不思議でしかたがなかった。


 明日にでも、旅立つ準備をしていたのに、なぜ


 名残惜しいなどという気持ちが湧いたわけではなかった。金髪の少年という不安定要素が発生したことで、孤児院で何かが起こると危惧している?


 矛盾している。既に去る場所のことを気にかけてもしかたがない。しかし、いま感情を無視したまま消化させるのは、難しい。


(あと数日だけ)


 何も起こらなければ、シュドレーから出ようとエリックは、急遽きゅうきょではあるが、予定を変えることにした。





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