20話 訓練と考えて行動するということ
食事を済ませ、畑仕事を手伝ったあと、孤児院の裏へと回る。
その場所で訓練を行うのは、エリックにとって日課の一つだった。
出口は一箇所。他は壁や礼拝堂で遮られてるので、他人に邪魔されることはない。
基本的に行う内容は、二つ種類。まずは、武器屋で手に入れたナイフの一本を取り出して黙々と振るう。
しかし、何も考えていないわけではない。頭の中で、子供、大人、老人。あるいていどの体格と身長を浮かべ、まるで目の前にいるようにイメージする。
狙うのは頭、喉、腹部、手首に太もも。身長によって誤差は生じるが、ナイフで振るう箇所は、すべて人体において急所か大量出血を起こす部位だ。
とはいえ、イメージはあくまでもイメージ。実践とは異なる。けれど、目的があるとないとだけで、トレーニングの意味も習熟度も違ってくる。
集中してくると次第に呼吸が荒くなっていく。
戦闘では絶対的に体力が必要となる。この体は、同年代にしては、そこそこの体力と筋力はあるようだが、個人的にはもう少しほしいところだ。
(旅をしながら、そっち方面のトレーニングもしたほうがいいか)
額の汗を用意していた布で拭い、次は射撃の訓練に移るため、拳銃を出現させる。
エリックのいた世界であればどこにでもあるようなオートマチックピストル。口径は九ミリ。装弾数は十三発。
デッドコピーを使えば弾倉は三回まで交換することはできる。つまり、全開時で、使える弾丸の数は、五十三発。
とはいえ、これは、活動に支障がない範囲での話になる。強引に力を使えば、もう一度か二度は可能だ。もっとも二度目を使えば、数分で気絶してしまうだろうが。
これが多いの少ないのかは、相手による。
仮にスキルをもっていない数十人であれば、対処できるだろうし、反対に拳銃が通じない装備やスキルをもっていれば、数千発あったとしても殺すことはできない。
的にしているのは、木の板を壁にうちつけ固定させたものだ。もちろんネラから許可はとってある。
最初の一枚の上に、何枚か重ね、粘土を被せて最後に紐で巻いてある。いろいろと試した結果、この形に落ちついた。
撃つのは、一回分の十三発。ぎりぎりまでスキルを消費すればいざというときに対応ができなくなるため、練習も含め、丁度よい量だろうとエリックは判断した。
両手で狙いを定めると息を少し止めて、発砲する。
破裂音がした。ぼす、と弾丸が粘土の中にめりこむ。それを拳銃の中身が空になるまで繰り返す。
一三発のうち、当たったのは十発。八発目から片手撃ちに変えたせいだろう。四発ほどは、左右へ逸れてしまった。
本来拳銃は両手で撃つ武器だ。片手にすると撃ったとき、どうしても反動により、ブレてしまう。
けれど、戦闘のさい、両手が使えない場合だってある。片手撃ちは、そうなった場合の対策の一つだった。
最初こそ、精度は低かったが、これでもずいぶんと向上したほうだ。ただ、エリックとしては、まだまだ満足のいく仕上がりではない。
理想が何があろうと冷静に淡々と。なので今回のように、途中から、じろじろと見ていた視線に関しては、動じることはなかった。
「……俺に何か用か」
エリックが振り返る。
そこには煙のスキルを使うスモーの姿があった。
彼はびくっとしたような反応をするも、逃げることはせず、エリックのほうへと近づいてくる。
「それ、あんたのスキルなのか?」
「ああ」
スモーが指をさしたのは、エリックがもつ拳銃だった。消すと、おおっ、という驚いたような声を漏らしている。
発砲音は、中々に響く。十分も経たないわずかな間だけとはいえ、毎日していれば、反感を買われてとしてもおかしくはなかった。
「音がうるさかったか。だったら、今度から場所を変えるが」
あと数日もせずに、エリックはここを去るつもりだが、悪戯にトラブルを起こすつもりはなかった。
「いや、そうじゃなくてさ……」
けれど、スモーは、何かいいづらそうに口元を濁している。
それから、意を決したようにいった。
「俺にナイフの使いかたを教えてくれ!」
「……ナイフの使いかたをか?」
突然の申し出にエリックは眉をひそめる。見間違いではなければ、スモーの手には、かつて自分を脅そうとしていたのと同じナイフを震える手で握っていた。
「リリアがいってたんだ。あんたが、何十人もの相手をナイフで倒してきたんだろ」
「ナイフだけではないが、殺してきたのは、否定しない」
「こ、ころす……。そ、そうだよな! やっぱ、そうだよな! さっきだって、なんかかっこよく使ってたし! きっとすげえ人から教えてもらったんだろ!」
誤解だ。エリックは、ナイフに関して専門的な知識があるわけではない。ましてや人に教えられるほど扱いかたに自信があるわけではもなかった。
けれど、裏の一角で黙々と練習をしている姿は、
「なあ、頼むよ 俺、いざってときにみんなを守れるようになりたいんだよ!」
スモーの必死そうな様子は、断ったとしても、諦めるようには思えない。
「……基本的なことだけだぞ」
そのためにエリックは、渋々であるが教えることに決めた。
ただ、指導できるほど腕に覚えはなかったため、いっていた通り、握りかたと自分なりの扱いかたを伝えたていどだ。
「こ、こうか?」
「そんなところだ。あとは、いまいわれたことを毎日反復して体に染みつけろ」
「わ、わかったぜ!」
それでもスモーは、満足したらしい。たしかに最初に比べれば、素人くささは薄れたし、手の震えもなくなった。
「へへっ。これでもう俺だって……」
ただ、返って危険かもしれない。
自衛手段は、必要だ。けれど、強気になった結果、相手との力量をわからず、誤った行動をとってしまうなんて多々ある。
スモーの興奮した顔は、きっと体を動かしたせいだけではない。自分は万能だという
「よく考えて使え」
「えっ?」
「ナイフは凶器だ。自衛であれ、誰かを守るためであれ、他人に向けたとき、相手を傷つけるし、裏目になって、逆に反撃を受けることだって珍しくない」
「……うん……?」
「感情で動くな。とった行動の結果、何が起こるのかも想定しておけ」
忠告というか苦言というか。無謀なことをしないようにエリックは、そう告げる。
「お、おおっ! もちろんだ!」
勢いよく頷き、返事はいいのだが、はたして、本質を理解しているのか。
「全然大丈夫だぜ! だって、俺にはスキルがあるしな!」
案の定、わかっていなかった。
「……お前のスキル、目隠していどにしか使えないだろ。不意をつくことにしか向いてないんじゃないのか」
「そ、そんなことねえよ! こ、こう! どばって感じでやれば……」
「具体性に乏しい内容だ。使える範囲、回数、その中で応用できないかを考えろ」
「お、オウヨウ……。お、おうよ! それくらいわかってるぜ!」
「いっておくが、応用は返事の意味じゃない」
自分であれば、スモーのスキルをどう使うのか。
掌から、空洞の棒を介して、射程距離を伸ばせるのかもしれないあるいは、密封性のある空間であれば、火を使い、粉じん爆発のような現象を起こしたりなど。
しかし、そんな余計なことを伝えれば、さらに無謀な選択肢を増やすばかりだ。
「お前のスキルは基本的に奇襲、かくらん……。いや、相手を少しの間、混乱させる味方のサポートに向いてる。ナイフを使うのは、最後の手段にしておけ」
「いわば、切り札ってやつだな!」
「……切り札というか、最終手段に近いかもしれないが……」
ともかく、早まった行動に移らなければ、よいということにしておこう。
エリックのいっていることは、アドバイスのように聞こえるが、つまりは、進んで前に出て戦うなという意味だ。ナイフの使いかただって、出会ったときの握りかたがあまりにも危なっかしいから教えただけ。
「ふんふん。それで、それで!」
にも関わらず、自分を見ていたスモーの瞳は、まるで尊敬や憧れの念を抱いているようであった。初対面からは、おおよそあり得ない真逆の態度だった。
特に去り際にいったの言葉が、やけに耳へ残る。
「あんた、意外と優しいんだな! ありがとうエリック!」
だからだろうか。一人になったエリックは、誰にいうまでもなく、口を開く。
「……酷い勘違いだ」
自分はきっと優しさとはほど遠い位置にいる人間だろう。
頬は、わずかではあるが、自嘲気味に歪んでいた。
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