19話 束の間の平穏
剥がれた屋根からさした日光が顔に当たるのを感じ、エリックは目を開く。背中に当たるのは、礼拝堂の壁だ。背を離して立ち上がり体をほぐす。春先だからだろうか。毛布一枚でも、冷えることはなかった。
エリックとリリアが、孤児院で生活するようになってから半月ほど経過していた。
その間、孤児院に危害を及ぼすような人間は一切現れなかった。どうやら、ネラのいっていた通り、孤児院の周辺は、シュドレーにある非合法な組織の
ある意味宿屋よりも安全であり、多少のお金を払うだけ住めるのであれば、宿泊場所を変更しない点はない。リリアが孤児院になじむための期間として早いにこしたことはなかった。
そう。結局、エリックは、リリアを孤児院へ預けることに決めた。
彼女のスキルは惜しいが、今後どんな危険に飛びこむかわからない。守りきれないのであれば、このさい、孤児院で預けてもいいだろうと悩んだすえの結論だった。
もちろん、これは独断であり、本人には何も伝えてはいない。明日街から離れる予定だが、ネラにだけ別れを告げ、お金を置いていき、こっそりと出ていく予定だ。
本来であれば、エリックは、とっくに準備を終えてシュドレーから出ているはずだった。思っていたよりも、長居しているのは、次に向かう場所を考えながら、あるていどの情報を集めているからだ。
エリックの足下にあるのは、雑貨屋で買った本だった。遙か昔の伝承について記されている。
どうやら記録すらできないほどの古い時代、グルブは一度、滅亡の危機に
その元凶となった存在は、悪神と呼ばれた。強大な兵器かスキルかは不明だが、世界は、壊滅一歩手前のところまで追いこまれた。
それを殺したのがエクスだ。結果、世界は無事、救われた。そのあと、残った人々を導いたことで彼女は信仰され、宗教の対象として、神として崇められた。
とても簡単ではあるが、流れとしては、ざっとそんなところだ。
(……すべてが事実ではないかもしれないが)
ともあれ、エクスという存在がいるのはたしかだ。本人が自称している可能性は捨てきれないが、それでも神と同様の力を所持しているのは、間違いない。
今回エリックが殺さなければならない悪神は、一度エクスが倒した対象のことをいっているのかは不明だ。今回はまた違う存在を指しているのかはわからない。
彼女本人が、以前のように悪神を倒せばいいのではないのかという疑問はある。しかし、別世界の人間であるエリックを呼んでいるということは、できない理由があるのだろう。
他に気になるような情報といえば、獣人と精霊か。
獣人は、人間離れした身体能力をもつ種族。精霊は、体に宿せば、スキルとはまた違う力を使用するらしい。
エリックが目を惹かれたのは、やはり精霊のほうだろう。
精霊はスキルのあるなし関係なく、素質があればその力を使えるらしい。自分の能力を底上げする方法があるのなら、ぜひとも入手しておきたい。
けれど、精霊を体に宿すのは、その高い素質、ある種の適性がなければならないらしく、それはスキルを使える才能よりももっと絞られ、下手をすれば数年に一人とさえ本には記されていた。
自分に適性がある方法を調べる方法はない。仮に発見できても使えなければ無意味だ。苦労して探すことはせず、頭の隅に留めておくていどにしよう。
あるいは、エクスであれば、自分に精霊を宿せる素養があるのか教えてくれるだろうか。
……もっともそのエクスに、相も変わらず連絡手段は見つからない。が、エリックだって、そっちの方面に関して何もしていなかったわけではなかった。
あるいは、聖職者であれば、神の声を聞く方法もあるのではないのか。そう思い、ネラにエクス教についてたずねたことがあった。
そしてすぐ後悔した。熱心な聖職者へ宗教にたいしてたずねれば、どうなるのか。
「素敵な心がけだわ。早速、今日から、毎日一時間ほどのお祈りをして、エクス様に感謝を伝えましょう」
「違うそうじゃない」
まさしく模範的な聖職者だったのだろうが、エリックは信仰としての祈りではなく、その対象であるエクスに再会、連絡をとる方法を探しているのだ。
それでも、一応はネラに従い彫像へ向かって祈ってみた。結果は時間の浪費にしかならなかったが。
礼拝堂で寝ていたのは、子供たちに怖がらせないためでもあったが、眠ることで彫像を通してエクスに会えないかという
だが、いまのところ、特にこれといった進展はない。たまに様子を
もうエリックは、エクスにたいする連絡は半ば諦めていた。完全にとはいわないが、ここ半月で、優先順位はかなり低い位置にある。
「おはようございます。エリック様。毎日お早いですね」
「ああ。リリア。おはよう」
「あの、いつも思うのですが、宿舎で寝ませんか? 部屋だってまだ少しですが、空いていますし……」
「新しい子供がこないともかぎらないだろ。毛布は借りてるから、問題ない」
毎朝、礼拝堂へくるリリアとこんな会話をするのも日課になりつつある。
「それに、コートだって羽織ってる」
本来は、武器屋で買ったナイフを収納するために買ったレザーのコートだが、防寒性にも優れている。材質かなめした職人の腕がよかったのだろう。
「かもしれませんが、冬になれば、さすがに風邪を引いちゃいますよ?」
「なら、毛布をさらに増やせばいい」
「エリック様のポリシーだと、それでは、不意に動きづらくなっちゃいませんか?」
「……だったら、体が冷えそうになるごとに動くか外でたき火でもする」
「あぁ……。とてもエリック様らしい返事……」
リリアは、諦めたように肩を落としている。
けれど、その心配はきっと
冬になる前、明日にでも、自分ここにはいなくなる。いなくなった人物のことを考えてもしかたがないことだ。
いなくなったとき、彼女は、どんな顔をするのだろうか。
「……?」
思わず凝視したエリックに、何も知らないリリアは、首を傾げた。
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