16話 小さな使者

 翌日、約束した通り、エリックは、シュドレーの街をリリアと一緒に歩いていた。


 とはいえ、彼女に何かほしいものや購入したいものがあるわけではなかったらしい。   

 リリアはずっと建物や外観を見ているだけだった。エリックは中に入ったりしないのかと一度聞いてみたが、


「はい! 見ているだけで満足です。見たことのないものばっかりで一日だって、歩き回れます」


 とのことだった。きっと物珍しいのだろう。


 ただ、街を歩き回ることは、こちらとしても利点はあった。いざというときのために地理を理解しておくにこしたことはない。 


「たとえばですが、あそこの時計塔なんていつまで経っても見飽きません」

「実際一、二時間くらいはいたからな」

 

 リリアが興奮したように語り、指をさしているのは、離れたここからでも見える塔に飾られた巨大な時計盤だ。


 シュドレーについたときから、エリックもその存在には気づいていた。本来であれば昨日強盗に会わなければ向かおうとも思っていた場所だ。 

 リリアも同じように興味をもっていたらしい。時計の真下にきたときなど、小首を上にあげ、首がつってしまうのでないのかと思うほど長く眺めていた。

  

「少ししたら、針がカチって動いて、針の一つが真下にきたときなんて、落ちちゃうんじゃないかって思っちゃいました」

「もしもにそうなったら俺たちの体は粉々になってたけどな」

「二つの針を真ん中の軸が支えているんですよね。」


 あの時計台は十年前から、建設され、つい半年ほど前に完成したらしい。いまの国王、エスパード・ルイスが命じ、まだ高い税や圧政を強いる前に計画されたため、狂う前の国王が最後に命じたまともなことだと皮肉る人間も陰ではいる。


 備えられている鐘が一定時間で動くしかけになっているのだろう。朝方と夕方に鳴ったときは、街中のどこにいても聞き漏らすことがないほど大きなものだった。

   

「……まあゼンマイでも、この街の中にある機械の中では、高度なほうか……」

「? よくわかりませんが、エリック様はすごいとは思っっていないんですか?」

「いや、充分すごいと思っている」

  

嘘ではない。いくら生前の世界より文明が劣っているといっても、技術のない自分では、簡単な時計の制作だってできないし、修理だってままならないだろう。 


「本当ですか? エリック様は、いつも気をはっているように見えるので、感情の変化が少々わかりづらいところがあります」

「これが自然体だ。常時フルで警戒しているわけじゃない」

  

 ただ、気を張りつめているや神経を尖らせるとまではいわないが、エリックが、周囲に目を配っているのは事実だ。

 昨日のこともある。自分ならまだしもリリアが強盗の被害にあったとき、迅速に対処できるようにするためもでもあった。


 だからこそだろうか。今回は、誰かの視線を感じたことにすぐ気づけた。


 その方向に目をやる。通りには老若男女、様々な人物がいたが、垂れ目の小さな子供が立ち止まり、じっとこちらを見ていた。


「あっ! こわいおにいちゃんだ!」

 

 彼は大きな声でそういうと小走りでエリックたちのほうへと近づいてくる。

 

「エリック様。そちらのお子様とお知りあいなのですか?」

「ああ。いや……」


見たことはあるような、いや、元々のエリック・ウォルターの知りあいでなければ、他にあり得るのは――

  

「昨日、孤児院にいた子供か?」

「うん!」

 

エリックの言葉に、その子供は力強く首を縦に振る。

  

「孤児院ですか?」 

「そこのこわいおにいちゃんが、スモーのおにいちゃんやオレたちにお金をたくさんくれたんだ! だから、シスターがお礼がしたいんだって!」

「……よく俺がこの辺りにいることがわかったな」

「えへへっ! みんなで探したんだ!」


 褒めたわけではなかったが、子供は大きな返事をする。


 スモーだったか。たしかにここは、あの子供に財布を盗まれた場所に近い。その一帯総当たりで捜索されれば、発見されたとしてもおかしなことはない。

 ただ、これはエリックの落ち度だろう。まさか、解決していたと問題が、早速蒸し返されるなんて思わなかった。

     

「それは本当ですか、エリック様?」

「……悪い。いろいろあって孤児院に金を渡した。独断で勝手な行動だった」


 元々は雇い主の子供らしいが、少なくともエリックは、リリアとは上下関係はないと考えている。なので、何かしらの批判をあびようが受け入れるつもりでいた。

 しかし、予想に反して、リリアは柔和に微笑む。

   

「いいえ。謝らないでください。むしろ、わたしは感激しています」

「褒められるようなことはしていない。金の一部を渡しただけ。しかも大した額じゃない」


 わざとではなかったが、はいた声はどこか自虐しているようでもあった。後悔とまではいわないが、自分のとった行動にたいし、エリックはいまだに説明がついていないからだろう。

  けれど、リリアは、笑みを浮かべながら優しく首を横に振る。


「思うのはわたしの勝手ですから。エリック様が人助けをしたことに変わりはありません」

「うん! ありがと、こわいおにいちゃん!」  


 さらに子供の邪気のない笑顔で、そういわれてしまえば、エリックもそれ以上は何もいえなくなる。

  

「ところでさっきから、気にはなっていたのですが、どうして、エリック様が怖い兄ちゃんさんなのですか?」

「スモーのおにいちゃんがすっごいこわかったって、なきそうになりながらいってたし……あっ。これ、いっちゃいけないんだった」 

「エリック様?」 

「早合点するな。未遂だ」

「何かするつもりではあったのですね……」


 大方の想像がついたのだろう。リリアから呆れたような視線を感じていると子供に手を引っぱられる。

 

「ほら、こわいおにいちゃん、早く行こうよ。そっちのしろいおねえちゃんもくる?」

「しろいおねえちゃん……。えっと、どうするんですか、エリック様?」

「断る。ネラだったけか。彼女にもそう伝えてくれ」  


 即答する。聞かれた時点で、返事は決めていた。原因不明な精神の不調を再び起こしたくはない。なので、孤児院には足を運びたくないというのが、本音だった。

 目の前にいる子供はあまりよい反応をしないだろう。それくらいのことは、容易に想像がつく。


「えっ? こわいおにいちゃんこないの……?」


 ただし、目に涙を浮かべられるほどとは思わなかったが。

  

「エリック様。子供を泣かせるのはあまり感心しません」


 リリアも批難してくるが、彼女だって充分子供だろう。


「どうでしょう。エリック様。この子についていくのは。わたしは別に構いませんし……」

「こわいおにいちゃん……」

「……わかった。ついていく」


 少し考えたあと、エリックは諦めたように頷いた。 

 まだ何日かはこの街にも滞在する予定でもある。孤児院であれば、問題はないかもしれないが、悪戯に反感を買うのはやめたほうがいいかもしれない。

  

「あと、とりあえず、その怖いお兄ちゃんとかいう呼びかたをやめてく」

「やった! じゃあ、ついてきて! こわおにいちゃんにしろいおねえちゃん!」  

「あの、エリック様。子供に悪気はないので……」

「わかってる」


 先に行く垂れ目の子供を見失わないように二人も後を追っていった。


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