15.5話 起きたら彼の姿はなくて
リリアが目を覚めるとそこにエリック・ウォルターの姿はなかった。
「……」
夢から覚めたばかりの虚ろな頭が、すぐに覚醒する。
遠くで鳴っているのは、鐘の音だろうか。そういえば、街に入ったときに、塔に大きな鐘があった。
そうリリアが思っていると、壁の一部が鳥のような形になり、パクパクと動きだした。
『お連れのエリック様から伝言を預かっています。夕方ごろには帰る。もしも数日経っても戻ってこなかったら、部屋にあるものはすべてリリア様のものにしてくれて構わない、と』
そんな平坦な声が何度か続くと木造の鳥は、元の壁になる。
宿屋の一人が伝言を残せるようなスキルのもち主らしい。客側のプライパシー的なこともあるので、きっとリリアが目覚めたのが、発動のトリガーとなったのだろう。
リリアは少しの間、呆然としていたが、状況を理解し、拗ねて唇を尖らす。
彼女は、嘘が好きではなかった。たしかに、休みたいといったのは、自分だが、無理なら無理といってもらえれば、ついていったのに。
けれど、呆れたというか彼らしいとも思う。
おそらくリリアを気づかってのことだろう。ほとんどのお金が部屋に置かれたままである辺り、自分が死ぬという最悪の事態をエリックは想定しているのだ。
もしかすると彼が、リリアの元から去っていった可能性もあったが、それはそれでおかしな話だ。だったら、大半の金貨を残してはいかない。
お金が、どれくらい大事なことは、田舎育ちの彼女であってもわかっていた。
もしも屋敷でエリックと出会わなければ。リリアだって、金貨をもっていく誘惑に耐えられたかどうか。
変わった人物だとリリアは、エリック・ウォルターについて考える。
最初、彼と地下室で出会ったときは、信じられない思いだった。
盗賊を殺したという報せを平気な顔で、受けたときは、内心で彼女は警戒心を抱かずにはいらなかった。
けれど、ここ一週間で、それはだいぶ薄れていた。
いつからだろう。たぶん、初日、彼と一緒に食事をしたときだ。
冷徹で容赦がなく、必要があれば、迷いなく、人を傷つけ、殺害する。
なのに、他人であるリリアを見捨てるようなことはしない。
たしかにリリアのもつスキルは貴重だろう。けれど、彼のスキルは攻撃的であり、それらを用いれば、強制的にリリアを従わせることは可能だ。
まさか反撃されると思っているのだろうか。いいや、それはないだろう。
リリアはいまのエリックについて少なからず想うところがあるのを事実だ。彼は自分を守ってくれたし、不当なこともされなかった。どころかいままでの行いからは身に余る扱いだといえる。
だからこそリリアはずっと疑問に思っていた。思わずにはいられなかった。
ドアノブが静かに回り、音が出ないほどゆっくりと扉が開いていく。
「お帰りなさい」
エリック・ウォルターを名乗る彼は一体誰なんだろうと。
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