15話 拗ねた迎え

「お帰りなさい。エリック様」 


 エリックが宿屋に戻るとリリアはすでに目を覚ましていた。


「目覚めたらエリック様がいなくって、びっくりしました」

   

 気配を殺し、ひっそりと入室したのだが、リリアはとっくに目覚めていたらしい。


 口調はいつも通りだが、声は低く、不機嫌なことは表情と声で明らかだ。エリックは教会で子供を怒っていたネラを連想してしまった。


 思えば、リリアが、ここまで感情を表に出すことは始めてではないだろうか。


 ここ一週間、彼女は、エリックの行動にたいして、恐怖や警戒、注意などされたことはあったが、あからさまに不機嫌になったことはなかった。


「……伝言は残しておいたはずだ」

「はい。しっかりとお聞きしました」


 エリックの言葉にリリアは見たことのないほどの笑顔でそういう。

 機嫌がよくなったわけではないのだろう。相手の感情の機微に疎いエリックだが、さすがに、それくらいはわかる。

 

「……その、たしかにすぐに寝てしまったわたしにも、というよりもわたしのほうに非があるのですが、そんなにも出かけたかったなら、何も嘘をつかなくたって……」

 

 どうやらリリアは、勝手に出かけたとられたことよりも、嘘をつかれたことに怒っているらしい。彼女に無理をさせないというエリックなりの配慮でもあったのだが、そんなもの相手に伝わらなければ意味がない。

   

「悪かった。個人的な用事でもあったし、できるだけ早く済ましておきたくてな」

「個人的な用事ですか?」 

「ナイフを買っていたんだ。いざというときスキルの無駄づかいは避けたい」


 エリックのその場しのぎの理由を聞き、リリアは首を傾げる。


「それなら、エリック様のスキルを鍛えたほうが早くないですか?」  

「……鍛える?」

「人によって振り幅はあるかと思いますが……。そういえば、エリック様は記憶がないのでしたね」

「スキルを限界まで使えばいいのか」


 それなら、簡単だ。今晩から、毎日倒れるまで練習しよう。

 そうエリックは、考えていたが、どうも違うらしい。


「えっと、人によって成長する方法は違うので……。わたしのリカバリーも成長はしているのか、実はよくわからなくて……」

「気絶するまでスキルを使うのが、正解ってわけではないのか」

「可能性はあるかもしれませんが、絶対に効果があるとは……」


 量だけこなしてもあまり見こみはないのか。つまりは、実践が大切だということだろうか。


「エリック様のスキルはたしか……」

「デットコピーだ」 

 

 デットコピー。既に一度自分が死んだ世界――生前に使っていた武器を召喚するスキルをエリックは、そう名づけた。

 名づけたというよりも、名前が頭に浮かんだというのかが正しいのかもしれない。  


 最初は、ナイフと拳銃しか出せなかったが、道中の戦闘や自主的な訓練を通して、他にもいくつか出現させることは可能になっている。

  ナイフを使える回数は変わっていないが、考えてみれば、これも成長したということなのだろう。


「そのデットコピーを鍛える方法がわかれば、ナイフもたくさん出せるようになると思いますけど」 

「鍛えるといっても、いきなりいまの数倍も強くなるわけじゃないだろ。それに、消耗したときや別の武器をスキルで出せるように代用できるならしておきたい」

「だから、武器屋でナイフを買ったんですか。ですけど、それなら明日でも……」 

「ついたときにもいったが、街だって安全じゃないからな。突然財布を奪われ、逃げた相手がスキルもちだという可能性がある」

「妙に説得力のあるお言葉ですね、具体性もあります」


 それはそうだろう。口には出せないもののつい先ほど体験したことなのだから。


「勝手に動いて悪かった。今度からは、正直に話す」

「い、いえ、そのわたしも従者なのに失礼なことをいってしまい、申しわけありませんでした……」 

「いや、約束を破ったのほうは俺のほうだ。リリアが怒るのもわかる」

「お、怒ってはいませんから!」


 リリアの顔は、赤くなる。けれど、それは怒りではなく、羞恥によるものからだろう。

   

「明日はいくらか自由な時間もできると思う。その間なら、リリアの行きたいところにもついていくぞ」

「えっ? いいんですか?」

「あっ。お前が一人で行動したいなら、自由にしてくれても構わないんだが」

「そんなことはありません! エリック様さえよければぜひ、お願いします」

「あ、ああ」


 思いのほかはっきりとした意思表示にエリックも戸惑いながらも首を縦に振る。

 よほど行きたい場所があるのだろうか。リリアのスキルは回復系だ。いざというときに身を守れる力のある自分のような存在がいたほうが安心できるのかもしれない。


「エリック様。今度はちゃんと約束を破らないでくださいね?」

「ああ。厳守げんしゅする」

「はい。楽しみです!」


 リリアは、上機嫌で頷く。

 そこには、先ほどまでの拗ねたような様子は見られない。

 少女の機嫌と引き換えに明日の予定は決まった。


 これが高いのか安いのか。得なのか損なのか。エリックでもいまいち判断がつかないところだった。

 

 

  

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