13話 ないはずのモノ

 宿屋から出たエリックだが、特にこれといった目的があるわけでなかった。


 とはいえ、ただぼうっとしているつもりもない。怪我でもしていれば、療養りょうようのために休むのだが、そうでなければゆっくりする理由などない。

 

 一応は、エクスとの連絡手段の確保、悪神に関する情報の一つでも見つかればいいのだが、そう安々と進展してはくれれば苦労はしない。

 

 とりあえず、この世界の成り立ちを知るために、歴史書の一つでも買おうか。

 そんなことを思いながら、街を歩いていたエリックだったが、ふとその足が武器屋で止まり、中に入る。     


 壁には、 剣、短剣、槍、斧、弓。壁には様々な武器が飾られている。大柄の店主曰く、高額にはなるが、頼めば特注品も受けてくれるらしい。


(とりあえずは、簡単な目標から解決していこうと思ったんだが……)


 だが、ざっと見たかぎりエリックがほしいもの、 


 試しに銃はないのかと店主に質問すると相手は怪訝な反応を示した。どうやら、別の国か民族に伝わるマイナーな武器だと勘違いされてしまったようだ。


 銃はおろか大砲すらも発明されていない。これでは火薬すらもあるのか疑わしい。


 その理由をエリック最初、文明が発達していないからだと思っていたが、別の可能性も考えていた。

 おそらく、スキルが関係しているのではないだろうか。


 強力なスキルのもち主が一人いれば、戦況は簡単に覆る。極端な話、一人で戦争を終結に導くことができるだろう。


 エリックはまだ出会ったことはないが、そういった人物たちの話を耳にすることはあった。豪傑ごうけつだとか英雄だとか救世主だとか、様々な呼称されているが、全員人外めいたスキルをもっているらしい。


 たとえば、地平線の彼方まで続く距離を一瞬で移動したり、視界に映っただけで、人体を吹き飛ばしたり。触れたり、虫を払うような仕草で、地形を変えるほどの破壊力を秘めていたりなど。


 誇張こちょうされているようにも感じられるが、もしかするとこの話ですら、控えめにされている可能性だってある。


そうした強力なスキルのもち主は希であり、少なくともエリックはまだ出会わずに済んでいる。仮に敵対することがあれば、勝率は格段に低いだろう。できれば相手にしたくないものだ。


 棚をエリックが眺めていると武器屋の店主がわざとらしい咳払いをする。ぎろりとした鋭い視線は、冷やかしなら出ていけとあんに伝えているようにも思えた。


 エリックはいくつかナイフを見ると、その中から、数本購入する。

 ナイフはスキルで使えるが、代用できるとすれば、こしたことはない。


 ただ、素材か作り手の腕が悪いのか、既製品のナイフはスキルのものに比べると強度が低そうだ。一本一本特注を頼むと多少は品質はよくなるらしいが、その場合、高額になるし時間もかかる。


 それでもエリックは構わなかった。使い捨てとまではいわないが、最初から破棄する前提だ。一定のクオリティであれば、とりあえずはいい。

 用を終えて武器屋から出たエリックは、今度こそ歴史書でも探そうと周囲の建物を見る。

 

 しかし、その視界が、ある店の商品に釘付けになってしまう。


(……どうしてアレがここにあるんだ)


 それは、エリックがグルブにはないはずとつい先ほど結論づけたものだった。  

 その店は、骨とう屋だった。金銭的な余裕があったり、古い代物に興味のあるマニアがターゲット層らしい。


 入口には、展示ケースのようなものが飾られていた。エリックが、注目したのは、その中身だった。


 素材は金属に合成樹脂。剥がれた中身からは、基盤や導線が見える。

 並べられているのは、どれも高度な機械。この世界には作る技術なんてないはずの道具の数々だった。


(……どういうことだ?)


 グルブでは機械技術は発達していないはずだ。なのに、なぜ、数千年以上の未来の道具が、目の前にあるのだろうか。


 手にとり、しっかり機能するかどうかエリックはたしかめたいところだが、見たところ、ほとんど破損しているのがわかる。これでは電源がつくことはないだろう。


「なんだ。若いのに古代文明に興味があるのかい?」 

「……古代文明?」


 まじまじと凝視していたエリックに骨とう屋にいた客の一人がそういう。  

 彼から、話を聞いたかぎり、古代文明というのは、文字通り、古代に栄えていた文明。現代では再現不可能な技術が数多くあったらしい。


 それはそうだろうとエリックも思う。この時代の技術レベルは、まだ蒸気機関ですら、開発されていないのだから。

  

(発展していた文明が一度荒廃したのか……?)

  

 機械はどれも故障されているのに、中々の高額だ。美術品のような位置づけなのだろうか。


 エリックは少し悩んだが、結局、購入はやめておいた。どれも修理できるとは思えないほどに壊れている。解体した部品を繋ぎあわせればあるいは動くのかもしれないが、そんな知識はない。


 そもそも、修理に成功したとしても、何か役に立つのだろうか。この場合、知りたかったのは、グルブの文明レベルだ。


 ただ、やはり人が多いところのほうが、情報は集まる。この調子でどんどん新しい知識を吸収していきたい。

 

 エリックは、そう思っていたが、それゆえに本人でさえ、一度は注意していたことを失念してしまっていた。

  

 情勢が不安定な場所は、トラブルが起こりやすいということを。


 不意に子供がぶつかり、小さく頭だけを下げ、通り抜けていく。

 その行動じたいにさして変わったところはなかった。


 最後にエリックのポケットにあった革財布を盗まなければ。

 

 手慣れているのだろう。違和感のまったくない自然な動作。普通の人物であればその場で盗まれたことに気づくことはないのではないだろうか。


 もっとも勘の鋭い人間や最初からスリに用心していれば、対処は可能だ。エリックもその一人。普段であれば、手を伸ばされた瞬間に体を半身にし、そもそも子供が財布を盗られないようにしていた。

   

 だが、誰だって、失敗はする。古代文明とやらに思考を奪われていたせいで、つい盗られたことに気づくのが遅れてしまったのだ。

 

 お金は複数にわけているので、一つくらい盗られても、問題はない。あるいは、身の危険を感じなかったからこそ、対応に遅れてしまったのかもしれない。

 とはいえ、今後、いつ必要になるのかわからない資金をむやみやたらに消費するのは、避けたほうがいいだろう。


 年齢は十歳になるかならないか。髪はエリックやいままで出会った人間の中では多い茶髪をしている。


 特徴的な外見をしてないため、この広い街では、一度見失えば、再度発見するのは、困難になるだろう。


 その前に、エリックは、すぐに子供の追跡を始めた。



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