12話 シュドレー   

 活気に満ちている。それがシュドレーという街にたいし、エリックが抱いた感想だった。

 

 さすがは城壁に守られているだけあるのか、道中立ち寄った村よりも圧倒的に人や建物が多い。石畳の道路には時折馬車が通り、露店も建ち並んでいた。


「うっわぁ! 見たことのない建物がたっくさん! あそこからいい匂いもしてきます!」

 

 リリアは、瞳を輝かせ、興味津々に街の様子を眺めている。

 

「……あっ。す、すいません。エリック様。わたし、ついはしゃいでしまって……」

「いや、俺も初めて見る光景だからな。物珍しい気持ちはわかる」


 リリアの頬は羞恥のせいか、赤らんでいた。我に返ったというよりは、エリックが隣にいることをすっかり忘れていたらしい。


「で、ですよね! それにこんなにも人がいっぱいるなんて、わたし、最初、何かの催しでもあるのかと思っちゃいました!」

「ああ。そうだな」 

 

たしかに人通りは多いし、エリックも最初は、活気があるという印象を受けた。


 だが――

    

「ねえ、聞いたかい?」

「ああ。また税が高くなるんだろ。これじゃあ、そのうち本当に生活ができなくなるよ。昔はいい王様だったのにどうしてこうなったのかね……」

「しっ。めったなことをいうもんじゃないよ。この間、抗議活動をした人たちが、投獄されたって……」

   

 耳を凝らしてみると、ちらほらと聞こえてくる市民たちの会話は、耳にしてあまり気持ちのよいものではない。

 それに、だ。路地裏のほうには、怪しげな人の気配を感じる。何も知らないままうっかり入るのは、あまり懸命ではないだろう。

 

「リリア。まずは泊まられる場所を探したほうがいいんじゃないのか」

「そうですね。では、宿屋を探さないと。あっ。ですけど、お金のことを考えるとあまり高くないところのほうがいいのでしょうか?」


 資金はあるとはいえ、無駄な浪費は避けたほうがいいというのには、エリックも同感だ。ただ……。

   

「とりあえず、大通りにあるところにしようと思う。それも少し高いところだ」

「えっ。いいのですか? いえ、エリック様の身分のことを考えれば、安価な宿では、満足できないのかもしれませんが……」

「寝床の質については、どうでもいい。俺は地面の上でも横になれるし、なんなら、立ったまま休める」

「そ、そうでした。いまのエリック様はどこでもお休みすることができる才能をもっていました……」


 ここ一週間で、エリックの特殊な睡眠方法を何度も見ているリリアは、整った顔をひきつらせている。


「でしたら、なぜ高いところを……? も、もしかしてわたしに気を使っているのですか?たしかにわたしは、エリック様のように石や木を背にして熟睡することはできませんが……」

「別にあの状態で、俺も熟睡しているわけじゃないぞ」


 もっといえば、どれだけ柔らかいベッドと温かな毛布であろうと熟睡はできないだろう。絶対的な安心が保障されないかぎり、警戒心を緩めることができない。

   

「安い場合、ほぼそうなる理由がある」

「理由ですか」

「たとえば、人気のないところにあったり。部屋の質も悪い。鍵がかかっていないとか、最悪犯罪グループと関係していることもある。荷物が盗まれることだってある」

「あの、いってることもわかりますが、すべての安い宿がそうではないのでは?」

「ああ。だが、わざわざリスクを高める必要はない。安全面についても、できる範囲で自衛はするべきだ。たとえ街の中でもな」


 もちろん高い宿屋が完璧に安全だという保障もない。だが、人通りが多く、利用者の多い場所であれば、あるていどの軽減はできる。


「な、なるほど。さすがは、エリック様です。きっと街に出かけたことが何度もあったから、お詳しいのですね」

「どうだかな。記憶がないからたしかなことはいえない」


 情勢が不安定な場所でとるべき宿泊施設の判断基準は、いまので間違っていないはずだ。ただ、その知識を学んだのか経験したのかまでは、思い出せないが。

 

 とはいえ、リリアは納得したらしく、大通りにあるいくつかの宿屋を回り、決めていた予算の中から、一つを選択する。   

 

 もちろん、それなりの金額はしたが、大通りに面しており、通された部屋には鍵もついていた。完全に安全だとはいえないが、泥棒にたいする一定の抑止力として機能はしてくれるだろう。

 

「ベッドなんてずいぶん久しぶりです。わぁ、すっごい、フカフカ……」


 部屋につくなりリリアは、二つあるうちの一つのベッドに倒れ込み、白い毛布に身を委ねている。道中にあった村も寝床は家畜小屋だっため、まともな寝具に感激すら抱いているようだ。

 

「エリック様もこのベッドなら、ぐっすり眠られるんじゃないんですか?」

「俺はいい。一つしか部屋をとらないんだったら、ベッドもお前のぶんだけでよかったんじゃないのか?」  

「いいえ、わたしだけベッドですやすやと眠るだなんて、とてもできません」

 

 リリアは一旦ベッドから体を起こし、首を横に振る。出会った初日、小屋のベッドで彼女は熟睡していたことについては、あえて触れないほうがいいのだろう。

  

  そう同部屋だ。二つのベッドがある部屋にエリックとリリアは一緒にいる。

  

 エリックは最初、部屋をわけるつもりでいた。だが、なぜか、リリアのほうから、一緒で構わないといっていた。  


 十代なら人によっては異性を意識するものだとあくまでも前世の常識としてエリックはそう認識している。

 だからこそ、別々の部屋にするつもりだったので、彼女からの提案は少々意外だった。あるいは、ここ数日で、警戒心を解いてくれたということなのだろうか。


「ただ、エリック様。一つよろしいですか……?」

「どうしたんだ?」 

「今日は少しゆっくりさせていただこうかなって……。あっ。もちろん、エリック様が、外に用事があるのなら、ついていきますが……」

「いや、お前の行動に俺がいちいち口出しする権利はない。好きにすればいい」

「ほんとですか? ありがとうございます。……エリック様?」

 

 出口のほうへ向かっているエリックを見て、リリアの声が疑問形に変わる。

  

「ちょっと出かけてくる。夕方くらいまでには戻るつもりだ」

「やっぱり外に出かけるんじゃないですか!」 

「街にも見回りの兵士はいた。それに俺のスキルなら、一人でもなんとかなる」

「エ、エリック様。街中で殺害は罪に問われるのでやめたほうが……」   

「……さすがに騒ぎになるようなことをするつもりはない」

「いま少しだけ間が空きませんでしたか?」


 リリアの懐疑的な視線。ここ数日で彼女にもあるていどいまのエリック・ウォルターがどんな人間なのか理解しているのだろう。

 

「エリック様。危ない場所には近寄ったらダメです」


 その口調は、仕えているというよりは、子供に注意しているようないいかただ。


  途中の村からここまで五日は経っている。その間はずっと野宿だった。リリアは、相当疲れているはずだ。

 いざというときにスキルを万全に使用できる体調であってほしい。なので、彼女には、休めるときに休んでおいてもらいたい。


 そうエリックが思っていると妙案を思いつく。

 

「だったら、今日は外に出るのは、やめておくか」

「はい。今日はゆっくり休んで、明日からがんばりましょう。危険じゃない場所なら、わたしもご一緒しますので!」


 何も難しいことではない。用は同行させなければいいのだ。


 とりあえずベッドに腰かけてみると、なるほど、体に沈むような感覚と眠気を誘うような香りが毛布と枕からは漂ってくる。木や石はもちろんのこと、家畜小屋のワラの山を布で覆ったものに睡眠の質は、格段に向上するのは容易に想像がつく。

 

「……んん……」


 ただし、エリックのほうには、なんの関係もないのだが。


「リリア?」

 

 返事はない。何度も声をかけるが、聞こえるのは、穏やかな寝息だけで、起きる気配は一向にない。

 初日の小屋のときと同じだ。疲れているのなら、子供は簡単に眠れる。

 

 

 これなら、数時間ほど外に出かけてもリリアが気づくことはない。目覚めたとしても、宿の人間に伝言を残せばいい。

 

 それを確認したエリックは、ベッドから立ち上がる。


 危険な場所に向かうかどうかはいまの時点では不明だが、大半のお金を宿屋に残しておけばいい。そうすれば、万が一自分に何があっても彼女がしばらく生活に困ることはないだろう。


 そう決め、てきぱきと準備を終えると、リリアを起こさないようにエリックはこっそりと部屋から抜け出したのだった。


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