11話 ルイス王国  

 エリックがグルブに転生して、一週間が経過した。


 最初、何も知らない状態で、森に放り出されたときはどうなるのかと思っていたが、さすがにリリアや道中の村、それに出会う商人を通じてあるていどの知識は得ることはできた。


 まず、エリックがいるのは、ルイス王国と呼ばれる国であること。

 王国の他に帝国、共和国、神聖国しんせいこく、他にも小さな周辺諸国があるそうだが、いまは、自分のいる国を詳しく知るべきだろう。


 ルイス王国は、千年以上前に建国したらしく、歴史だけなら、神聖国に次いで歴史があるらしい。 

   

 治安が悪化したのは、帝国と戦争し、敗北した周辺諸国の難民が押し寄せたことも原因だが、主な理由は一年ほど前から。

 この国――ルイス王国を統治するエスパード・ルイスが急に圧政を強いるようになってからだ。


 簡単にいえば、ありとあらゆる税が何倍にも増税された。そのため、農民や市民には、負担が重くのしかかり、苦しい生活を送っている。高い税金が払えず、住んでいる場所を追われるものも少なくはない。


 お金も食べるものも住む場所もなければ奪うしかない。福祉が満足に機能していなければ、貧困者が、盗賊や略奪者になるのは、不思議なことではないだろう。


 実際、初日以外もエリックは何度かそういった輩たちに遭遇した。金目のもの、あるいは食料、中には命をよこせなど、全員が理不尽な要求をしていた。

 村での略奪者たちと同じだ。少年少女の二人など、少し脅せば泣きながらいうことを聞くと思ったに違いない。


 スキルという不確定要素の力がある以上、見た目だけで判断するのは、安易だというのに。 


 その集団がどうなったのかなど、ことさらに語る必要はない。中にはスキルもちもいたが、ナイフはともかく拳銃の威力を超える、あるいは防ぐことはできなかった。


 もちろん、エリックも無傷とはいかない。最初に比べるとひどくはないが、傷を負うこともあった。

 だが、その度にリリアがリカバリーで治療してくれるおかげで、大事にはいたらない。仮に彼女がいなければ目的地に到着するのはもう少し時間がかかっていたかもしれない。


 そう、目的地。二人は、とりあえずの行き先として、村から出て一番大きな街へと向かっていた。


 ついたからといって、悪神が見つかるわけではないが、人の往来や人口が多い場所ほど情報というのは集まる。村や商人からの話以上のことを知ることができるはず。

 

 そんな淡い期待をこめながら、エリックはリリアともにシュドレーと呼ばれる街の入口に立つ。


 堅牢な門は遠くからでもわかっていたが、いざ近づいてみると周囲を囲むそびえ立つ壁に圧倒される。いくらスキルという力がこの世界にあったとしても、のは容易ではないだろう。


「うっわぁ。すっごく大きいですね。まるでお山みたいです」

「出るのが難しそうだな。入口はあるんだろうが」

「? えっと、そうだとは思いますが、わたしたちはこれから中に入るんですよ?」 

「ああ。そうだが?」


 エリックとリリアは、お互いに首を傾げる。

       

「この壁の目的は、街にいる人間を外に出さないためじゃないのか?」

「普通は攻めてくる人たちを中に入れないためじゃあ……」

「……なるほど」


 いわれてみればというか、リリアのいう通り、むしろそちらのほうが、普通の考えだ。侵入ではなく、脱出を阻むための壁だと勘違いしてしまったのは、エリックの前世が影響しているかもしれない。

       

 こうした認識の齟齬そごは始めてはなかった。やはりエクスと一度連絡をとりたいところだ。記憶の回復手段についてはあまり期待していないが、彼女には質問したいことがいくつもある。

 

(連絡手段を決めておくべきだったな)


 世界を滅ぼす悪神の存在を探さなければならないが、エクスとの連絡手段の確保もできれば優先しておきたいところだ。あちらから連絡してくれればいいのだが、しないのかできないのか、まだ一度もない。


 ただ、解決できないことに関しては、一旦保留にしたほうがいいだろう。まずはシュドレーに入らなければ。 

 入口には詰め所があり、中にいた数人の兵士の男が一人、こちらに気づき外に出てくる。

 

「……子供二人か。通行税は、この紙に書かれてる通りだ。読めないならこっちで教えてやる」 

  

 兵士の男がいった通行税というのは、言葉の通り、通るために必要な税だ。一定の街やや大きな橋など渡るためさいに払わなければならない。関所のような役割も担っているらしいが、単純に税収が目的だろう。


「大丈夫だ。文字は読める……?」 

「どうした。やっぱり読めないのか? 格好つけてないでそういえば教えてやるぞ」

「いや、そうじゃないが……」

  

 エリックが、疑問めいた声を出してしまったのは、通行税が、道中に出会った商人から聞いた金額よりも一回り高くなっていたからだ。


「……また税が値上がりしたのか」 

「ああ。そういうことか。そうだよ。ったく、こっちの給料はあがらねえってのに……」


 エリックの質問に兵士の一人がうんざりしたように応える。きっと同じような質問を飽きるほど受けているのだろう。  


「ほら、払うのか払えねのか。金がないなら、入れることはできないからな」

「えっ。あ、あのわたしたちは……」

「いや、問題はない。これで足りるだろ?」


 エリックは革袋の紐を開き、中から金貨をいくつかとりだす。 


 革袋は小屋で手に入れた。もっているお金は、村から出る前、燃え尽きた屋敷か拝借したものだ。

 中身は、数十枚ほどの金貨と宝石のついて装飾品。リリアいわく、これだけあれば、数年ほどは問題なく暮らせるのだから、いま自分たちが、かなりの大金を所持していることがわかる。

 

「お、おう。……ああ。お前たち、子供のくせによくこんな大金もってるな。貴族か何かか?それとも、スキルで見た目をごまかして……」

「あまり詮索しないでくれると助かる」

「うん? そりゃそうだ。いまの王国なら、まあいろいろとあるわな……」

「あ、あのすみません……」

「謝ることはねえって。俺だってメシの保障とかされてなければ、こんなめんどい仕事についてねえよ」


 なぜかリリアが頭を下げると兵士の男は首を横に振る。

   

「ほら、これが通行許可証だ。街から出るときには返却しろよ。なくすと再発行に通行税と同じ金がかかるからな」

     

 二人が兵士から受けとったのは、特徴的な形をした金属のプレートだった。

 

「ああ。気をつけろよ。街の中っつても、安全じゃねえ。貧困街にいるやつらに許可証や財布はとられないようにしっかりともってな」

「通行許可証は奪う側にメリットがあるとは思えないんだが?」

「不法に入るやつらがいるんだよ。下水道とかスキルとか使ってな。中にはそれで商売するやつらまでいる。勘弁してほしいぜ。こんなもの使いたくはねえのによ」


 兵士の男は、腰にある剣を小さく叩く。


「っと、子供どもに愚痴っても意味ねえか。ほら、いった、いった」

「あ、ありがとうございます!」


 リリアは兵士に一礼すると小走りで門のほうへと向かっていく。


 エリックのほうはというと、ゆっくりと歩きながら、詰め所のほうを見ていた。

二人の対応をした兵士は、他の数名と笑みを浮かべながら、何枚もある正方形の紙切れを配っている。

 あれは遊戯の一種なのだろう。けれど、エリックは別に兵士たちの不真面目さにたいして何か思ったわけではない。

  

 道中の商人に聞いた話では、兵士次第で、多少の賄賂を要求してくることがあるらしい。

 所謂いわゆる汚職。だが、今回はその心配は杞憂で済んだようだ。

      

 あるいは、紙に記載された金額を相場よりも高くしているのかもしれない。けれど、会話をしたかぎりでは、文句を口にしながらも兵士は職務に忠実だった。

 

 情勢がかなり荒れているといっても、まだ真面目に働いている人物はいるということだろうか。もっとも詰め所で遊びに興じている姿を真面目といってもいいのかは、少々疑問があるかもしれないが。

 

「エリック様ー! どうかされましたかー?」

「いやなんでもない。いま行く」


 リリアの急かすような声に、エリックも歩調を早める。


 そして、門を通り、シュドレーへ入っていく。


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