-1話 彼の知らない生前の記憶 1
「なあ――――。お前、よくそんな拳銃を使い続けられるよな」
黒髪の少年が拳銃の整備をしているときだった。
不意に名前を呼ばれ、振り返る。
薄汚れた工場には、黒髪の少年以外にも数十人ほどの姿がある。十代から二十代ほどの若い集団が集まっているが、服装はお世辞にも綺麗とはいえない。
ここは、いくつかある革命軍の拠点の一つだった。
ただし、革命軍とはいっても、規模は数十人ほどしかいない。新たに加入してくるものは少なくないのだが、活動の最中に逮捕か殺害されるせいか、中々規模は大きくならないのが現状である。
彼に話しかけてきたのは、自分と同い年くらいの少年だ。元々は鮮やかだっただろう金髪は、貧困層が働く工場が発生する煤煙のせいで、薄汚れてしまっている。
「いってる意味がわからないんだが。性能がよくて、弾も入手しやすい。スペックに不便な点はない」
彼は相手のことを知っていた。住んでいた孤児院の税金が払えず、見せしめのために放火されたとき、救出にきたくれた革命軍の中に金髪の少年の姿があったからだ。とはいえ、会話をするのは初めてだが。
「だってよ。それ。治安維持隊のやつらの正規品だろ? そりゃあ、あんまし種類はねえけど、調達係にいえば、別のもらえるじゃん?」
「性能はこっちのほうが、いいものが多い」
「えー。敵が使ってる武器なんて、普通は使いたくねえけどな。ほとんどのやつらは使ってねえし、使ってるとしても、嫌々だぜ?」
そんなものなのだろうか。いや、そうなのだろう。これが、彼にとって恩人を殺した拳銃だと明かせば、金髪の少年はますます疑問に思うのかもしれない。
黒髪の少年は、拳銃の点検を終えると刃物製造工場から奪った砥石で、次はナイフを整備する。
「僕からすれば、回転式の拳銃を使ってる君のほうが理解に苦しむ。そりゃあ、威力はあるし、単純な作りで修理はしやすいがその口径の弾丸は手に入りづらくないか」
「かっこよくね?」
「……機能美を意識するあまり死んだら意味がない」
だが、この金髪の少年は、そんな拳銃を使いながらも未だに亡くなっていない。年齢は彼と同じ十代そこそこだが、創立時のメンバーの一人でもあるらしい。単純に幸運によるものかもしれないが、少なくとも実力はあるようだ。
「おーい。そこ二人、飯の配給の時間だ」
配給係の一人だったか。片方にヒビの入った眼鏡をかけた男が近づいてくる。
「サンキュー。今日のメニューは?」
「いつも通りのクソ不味い合成食料と濾過した水だよ」
「サイコーだな。できればこの間みてえーにドライフルーツでももらえれば、いうことなしなんだけどな」
「あんなもん一年に数回のスーパーラッキーデーだ。贅沢をいうなっての」
配給係と金髪の少年は親しげに話をしている。
「……ほ、ほら、これはお前のぶんだ……」
「ああ。助かる」
対照的に、黒髪の少年には怯えたように食料と水を渡すと早足で去って行く。
彼は、革命軍の中で、孤立していた。自分から他人とコミュニケーションをとらず、対応も無愛想だということもある。
だが、本当の理由は別にある。
かつて生死をさまよう傷を負いながらも、孤児院を襲った数十名の治安維持隊を一人で全滅させた。
その死体はどれも見るも無惨な状態だった。
革命軍の人間だって、作戦のためであれば、爆薬や銃を使い、敵を殺す。
けれど、そんな彼らですら、首を裂き、目玉をくりぬくような殺しかたはしない。
そう。彼らは、恐れているのだ。仲間ではあるが、
包装を剥がすと、中から長方形のエネルギーバーが出てくる。
「腹は膨れるのはいいけど、毎度毎度これはきついよな……」
金髪の少年が、うんざりしたように顔をひきつらせる。
それについても味に無頓着な彼でも、同意できた。
口にすれば水分は奪われ、味も味覚がないものが作ったかのような代物だし、様々な添加物が入っている。
だが、名前通りエネルギー――カロリーと栄養面についてだけは保障できる。だったら、贅沢はいえない。
孤児院で飲んだ薄味のスープはもう二度と口にできない。あの懐かしい味は、きっともう生きているかぎりは二度と味わえないのだから。
「文句をいうなら、僕がもらう。まだ虫やネズミよりかは、栄養がある」
「うっ。痛いところを突きやがるぜ……。ちくしょう、富裕層のクソ野郎どもは、きっとうめえもん食ってんだろうぜ……」
不満を漏らしながら、金髪の少年は、エネルギーバーをそしゃくし、水を飲む。
「空腹でもカバーしきれねえマズさって相当だよな……。何かいい食いかたはないもんか……。完全固形物だから、水にも溶けねえし……」
「なあ」
「おっ。画期的な方法を思いついたんなら、教え――」
「あんまり僕に構う必要はないぞ」
黒髪の少年は、相手を拒絶するようにそういう。
彼自身、レジスタンスの中でも敬遠されているされていることはわかっていた。だからこそ金髪の少年は、声をかけてくれたのだろう。
けれど、気づかいなど黒髪の少年は求めてはいなかった。
「助けてくれたことには、感謝してるが、僕はあまり人と関わりたくはない。仲間割れをするつもりはないが、君も、最低限のやりとりで問題はない」
声には明確な拒絶が含まれていた。普通であれば、関わることを避けようとするだろう。
「おいおい。つれねえこというなよ」
けれど、それを聞いた金髪の少年は、泥だけな顔で笑う。
「お前が立てた計画のおかげで、俺たちが助かったこと、一度や二度じゃねえしな」
「周囲からは、あんまり好評じゃないみたいだが」
褒められた行動ではない自覚はある。毒殺や暗殺。目的のためなら、手段を選ばない方法。自分の手が足りないときには、他人へ強いることもあった。
「……っつても、俺たちが死んだら、意味ねえよ。この間なんて、危うく全滅するところだったじゃねえか。よく、あんな作戦、思いついたよな」
「考えろ。僕は恩師にそう教えられたんだ」
「うん? その人は、すご腕の傭兵とか殺し屋系の人だったのか?」
「いいや。全然。人を傷つけたことすらなかった優しい人だったよ」
護身用のナイフも平和を愛していた彼女は、結局最後まで使うことはなかった。
けれど――だからこそ。彼女は殺された。育った孤児院は、治安維持隊により、原形がないほど燃やされ、生き残ったのは、自分だけだ。
考えろというのは、正確には、自分がした行動が、どう周囲へ影響を及ぼし、どんな結果になるかを想像しろということ。彼はその意味を曲解しただけだ。
だから、彼は、考えて動き、革命軍に入り、敵を殺す。自分にとって大切な人たちを殺した理不尽な権力をつぶすために。
こんなこと孤児院を切り盛りしていてた恩師は、望んでいない。それくらいは、彼にだってわかっている。
だったら、狂いそうな怒りは何にたいして、ぶつければよいのだろうか。
わからない。わからないから、彼は、大切な人たちを殺した社会にたいして復讐をしていた。そうしなければきっと、肉体ではなく、心が死んでしまっていた。
恩師を殺した拳銃も彼女が愛用していたナイフも使っているのは、利便性だけではない。復讐を。あのときの感情を忘れないために、所持し続けている。
「俺は考えるっていうのは、苦手だからすげえなとは思うぜ。ほら、あそこにいるやつらだってそうだろ?」
金髪の少年が視線を向ける。
その先では、革命軍たちが、集会を行っていた。
「彼らは何もわかっていないのだ! 我々が受けている日々の苦痛を! 我々は変えなければならないのだ! この圧政と虐げられる日々を。犠牲になった仲間たちのためにも!」
革命軍のリーダーが、貧富を作っている政府へ不満を漏らし、周囲にいるものたちが、興奮したように同意する。
「……僕にはただ熱に浮かされているようにしか見えない。言葉は違うけれど、毎度毎度同じような内容のことしか話をしていない」
語る側も聞く側も興奮しており、建設的な会話ができているとは思えない。
その行為自体を否定はしないが、考えるのなら、もっと別のことに使う。
たとえば、道具の整備をしながら、次回の作戦に穴や起こる可能性のあるトラブルなどだ。
同じ革命軍なのに黒髪の少年の声には、皮肉や嫌味がこめられていた。もしかすると彼が周囲に疎まれているのは、こうした態度が表に出ていたのかもしれない。
けれど、すぐに彼は自分の失言に気づく。いまの言葉を目の前にいる相手は快く思わないだろう。周囲へ
「うーん。まあそうなのかもしれねえなー」
「……否定しないのか?」
「人によって、考えてることって違うじゃん? あいつら、悪いやつらじゃねえんだけど、たまにこえぇなって、思うことあるし」
思わぬ意見に、彼は少々意外に思った。以前、金髪の少年が、彼らの言葉を熱心に聞いた姿を見たことがあったからだ。
だからこそ、つい聞いてしまったのだ。
「……じゃあ、お前は、ここで何を目指してるんだ」
「おっ? そうだな」
金髪の少年は、錆びた天井に向かって片手をあげる。
「腹が減ってるのに何も食えないで餓死してしまうような。薬があれば治る病気なのにお金がないせいで、死んでしまうような。反抗しただけで、暴力にあって殺されてしまうような。そんな社会を変えたいんだ!」
金髪の少年の夢は、本質的なところでは、いまもなお熱中して語っている革命軍たちや自分とあまり変わらない。
極端な貧富の差をなくしたい。弱者を救いたい。世界を変えたい。権力者を打倒したい。大切な人を殺された復讐をしたい。
だが、唯一あの集団や自分と違う点があるのなら。
「……仮に君の願いが叶ったとしても、そんなの一時的で、きっといつの時代でも、似たような環境はある」
「そりゃあ、お前のいってることはあってるだろうけどよ、ただ、少なくても、いまよりはマシな状況になる」
「保障なんて、何もないのに?」
「あるな。俺、いいや、俺たちがそうして見せる! だろ?」
金髪少年は、怒っているわけでもなく、楽しそうに笑う。
「……さあな。僕は、ただ自分のしたいことをするだけさ」
無邪気に笑いながら、そういった少年の願い。
けれど、それは、輝く眩しい。
少なくとも自分よりはとても優しいもの彼は思ったのだった。
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