10話 飲んだスープは思い出せない故郷の味がした

 かごの中にあるていど火種にあるものを集めたエリックは、小屋へと戻る。

 

 思っていたよりも時間がかかったのは、余計なことを考えたせいもあるが、初日から生死をかけた戦いで肉体、精神ともに疲弊ひへいしていたからだろう。

   

「お帰りなさい。エリック様」

「ああ。……ずいぶんと綺麗になったな」

 

 ホウキ一本で掃除したとは思えないほど、室内には埃がなくなっていた。


「えへへっ。お掃除は得意ですから」

  

 リリアは照れたように笑いながら、エリックが集めた小枝と木材を受けとる。

 すると、かまどに小屋で見つけた火打ち石を使い、てきぱきと火をつけていく。

  

「少し待っててくださいね。いまスープを作っちゃいますから」

「食料があるのか?」  

「台所の壺の中に少しですが、干し肉がありました。水もくんできましたし、あと、畑にタマネギとジャガイモが」

「……畑」

「はい! 手入れされてなかったんですけど、保存されてるぶんがまだ残ってたので……あっ! もしかしたらと思ってたしかめてみたんです! 土の中に保存する方法、私の家でもしてたので……」 


 エリックの言葉に、リリアは後半、慌てたように早口でごまかしてくる。


 ここまでくると半ば白状しているようでもあったのだが、あえて触れない。

 

 正直なところ、栄養の摂取は必要だ。川では水も飲んでいなかったため、実質一日飲まず食わず。それですぐに死ぬことはないだろうが、食事はできるときに行ったほうがいい。


「腐る前でよかったな」

「で、ですよね。じゃあ、すぐに作っちゃいますから」


 なので適当に返事をするとそのままリリアの料理をしている様子を眺める。


 本当は、最低限手伝うべきではあったが、エリックは、何をすればいいのかわからなかった。

 料理については、何も思い出せないし、できるとも思えなかった。どうやら、その分野に関して自分はまったくの無知のようだ。


「悪い。殺すことと違って、こっちは全然役に立てないらしい」

「こ、殺す。お魚や獣の解体のときには、お願いしますね?」


 愛想笑いを浮かべているリリアだが、エリックが得意なのは、殺害であって解体ではないのだろう。でなければ、まだ最初に殺した野犬だって、何かに活用できていたかもしれない。

 

「できました! エリック様!」

 

 リリアの料理が完成するころには、外はすっかり暗くなっていた。  

 動物の脂と縄で作られたろうそくがあったので、それに火を灯し、二人は夕食をとる。

 

 リリアは、すぐには、食べることはせず、瞳を閉じると両手を組み、祈りのような動作を行った。何かしらの宗教に基づいた仕草なのかもしれない。


 彼女の作ったスープには、畑でとったというじゃがいもやタマネギなどが入っている。いくつか浮いている小指ほどの大きさのものが干し肉だろうか。

    

「干し肉でしか味つけができなかったので、エリック様のお口にあわないかもはしれませんが……」 

「問題ない。素材の味がする」

「それは、美味しいのでしょうか。いや、そういっていただけるのなら、いいのですが……。さすがにアレだけの干し肉だけじゃあ、味が染みるとはいえませんね……」


 作ったリリアは微妙な顔をしてスープを飲んでいる。  

 だが、エリックは、本音を口にしたつもりだ。自分はあまり食に頓着はしない性格らしく、グルブでの最初の食事についても、特に不満はない。

  

……本当にそうだろうか?


 いや、不満があるいう部分ではない。たしかにグルブでの食事はこれが初めてだ。しかし、もっと昔。いや、エリックの場合、昔というのは――

   

「……あたたかい」

「えっ。はい。スープですから」

「……ああ。いや、そうなんだが……」

  

 そう。懐かしいのだ。以前の世界のずいぶんと昔、エリックは似たものを食べたことがある。


 色は透明で、具材も少なく、味はあるのかどうかもわからない。 

 記憶の破損のせいか、どこで、いつまでは思い出せない。

 けれど、たしかにこの味を自分にとってなじみ深いのであった。

 

「……美味い」


 ごく自然に漏れたエリックの声。意図せず口にした本音は、今日一番の柔らかさがあった。

 

「……そうですか。それなら、よかったです。……本当によかった」


リリアは安堵したようにほっと息をはく。


「まだ余ってるなら、追加をもらってもいいか?」

「はい! たくさん食べてください。……あっ。ですけど、本当はもっと美味しく作れるんですから」

  

 食べられるうちに食べるにこしたことはない。飢えるという感覚に慣れてはいるが、エリックだって、別にその状態を好んでいるわけではないのだ。

 結局、味があるのかどうかわからないスープをエリックは美味しく、作り手であるリリアはできに満足がいっていない様子だったが、完食する。

   

 食事を終えると二人は、すぐに就寝することにした。かまどやろうそくはあったが起きていてもすることがないし、お互いとても疲れている。 


「あの、エリック様。本当にベッドで寝ないんですか?」

「俺は、床で大丈夫だ」


 壁に背中を預けているエリックにリリアは、申しわけそうな顔をしている。

 ベッドは一つしかなく、彼女からしたら、雇われている子供のエリックが使って当然のことだと思っていたのだろう。  


 だが、自分はエリック・ウォルターではない。それに。


「こっちのほうが、安心して寝られる。敵がきても直ぐに対応できるからな」

「ですが、せめて毛布を……」

「どうでもいいが、俺はどっちも使うつもりがない。お前も床に寝たいなら、好きにしてくれ」

「えっ? エ、エリック様……?」

 

 そういってエリックは、目をつぶり、リリアの言葉を無視する。


「ど、どうしましょう。本当に寝てしまったみたいです……」 


 リリアは、誰も使うものがいないベッドをちらほらと見ている。 

 簡素なものとはいえ、睡魔があれば、寝床というのは、魅力的に移るものだ。特に、ひどい疲労が溜まっているのであれば。

 

「し、しかたがないですよね。ベッドには誰もいませんし、エリック様はもう寝てしまわれましたし……」


 それは、エリックにたいして、いっているというよりは、自らにたいするいいわけのように聞こえる。


 実際、リリアは、誘惑に負け、ベッドに入ってしまう。

 するとすぐに赤い瞳を閉じ、寝息を立ててしまった。

 スキルを使いすぎたせいもあると思うが、なんだかんで、疲れていたのだろう。


 片方の目を薄く開き、様子を見ていたエリックも少しだけ笑い、そういえば、この世界にきて初めて純粋に笑ったということに気づく。  


 おかしなことだ。自分が不利な状況にいるのには、変わりないというのに。 


 この世界を滅ぼす原因も手がかりも残り時間もわからない。


 明日明日で解決するのなら、エクスは自分を送ることはないだろう。長期的、一生をかけても足りないのかもしれない。今日のように本来の目的とは逸れる戦いもあるに違いない。


けれど、たしかなことは一つある。


(俺はまだ生きてる。だったら戦える)


 エリックは考えることをやめると、浅いながらも、睡眠をとる。

       

  そうして、グルブに転生してから、長い長い一日が過ぎていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る