9話 その小屋の主はもういない

 リリアに案内され、森の中へと入っていく。エリックにとっては、すべてが同じ景色に見えるのだが、彼女の足どりに迷いはない。

 

 するとポツンと建つ小屋があった。


 どうやら、村に外れた場所にあったため、火災からは免れたようだ。もっともこの一帯も範囲内だったら、とっくに森全体が火に包まれてしまっていただろう。


 小屋に鍵はかかっていなかった。エリックが押すと木製の扉は簡単に開く。


「……埃がすごいな。だいぶ放置されてたみたいだな」

「すぐに窓を開きますね」 


 奥にあった窓をリリアが開いている中、エリックは室内を眺める。

    

「リリア。一ついいか」

「はいっ?」

「この小屋、休憩というか、普通に人が住んでたんじゃないのか」

「……えっと、どうしてでしょうか?」

「いや、あまり休憩に使われているようには見えなくてな」


 いくつかある家財道具は小さく、毛布やベッドも一つだけ。様々な人間が使っていたというよりは、特定の人間が住んでいたような生活臭が感じられる。

   

「わたしも村の人から、休憩に使っていたと聞いただけで詳しくは……」

「ああ。いや、悪い。知らなかったら別にいい」 


 リリアだって人づてに聞いた話かもしれないし、元々使う人間が一人ずつしかいなかった場合もあるだろう。

 エリックは詮索するをやめると壁や床を触る。

 

「エリック様? 何をされているんですか?」

「他に出入り口がないか調べてる。出入り口が限られていれば、奇襲も対応できる」

「そんなことを考えていたのですか。少々大げさでは……」  

「絶対に安心とはいいづらい。壁を壊したり、別の場所に移動できるようなスキルある場合、いきなり小屋の中に侵入してくる可能性だってある」

「ないとはいいきれませんが……」

    

 自分のものも含めまだ三つほどしか見たことがないが、スキルには、多様性がある。襲撃の方法は、考えただけでも、ざっと十通りほどは想定できるし、実際存在するスキルは、もっと多いのだろう。


「そんないろいろと思ってたら、何もできなくなっちゃいませんか?」

「ああ。考えすぎるとがんじがらめになる。ただ、無策なのも危険だ」

「うーん。なるほど……?」


 納得しているような曖昧な返事をしているリリアを無視しながら、エリックが小さなタンスを開く。 


「これは……?」


 中には、表紙が革の古ぼけたノートがしまわれていた。


 確認したかったことがあるため、エリックは中身を開く。


 それは、日記だった。所有者は、この小屋に住んでいたものだろうか。  

 

『村の住人が一人、私の元にきた。どうやら不作で、食料が足りず、保存食をいくつかわけてほしいらしい。普段は邪険にしているくせに、飢饉ききんに陥りかけると、手の平を返してくる。まあ放っておけない私も我ながら甘いのもたしかだが』

 

 どうやら、小屋の主は、村の人物たちから、邪険にされていたらしい。だから、村から外れたところに小屋があったのかもしれない。


 日記は毎日つけられているわけではなかった。


 記載されているのは、小屋の主が印象深いできごとをまとめたものだった。いつもよりも狩った動物が多かった、たまにくる村の人間のこと、ときおり訪れる商人から獣の皮を売り、対価として日用品を購入したなどだ。この日記もその一つらしい。


 村についてもエリックは知りたかったが一番の目的は、自分がを読めるかどうかだった。  


 これで、言葉だけではなく、文字も理解できることが判明した。

 言葉が通じる場合、文字を学ぶ難易度はさがる。とはいえ、最初から理解できるにこしたことはない。

 

 小屋の主は、孤独を紛らわすために、日記をつけていたのか。それはわからないが、季節が何度か変わっているらしく、数年ほどは続けていたらしい。

 日記をぱらぱらとめくると、後半は白紙になったので、最後に記された内容に目を通す。


『彼と過ごした半年間は、現実だという感じがしない。きっとそれは、夢のように一瞬で、けれど、私にとってはかけがえのない時間だっ――」  

 

「エ、エリック様。人の日記をあまりじろじろと見るのは、失礼なので、やめたほうが……」 

「うん? ああ。そうだな」


リリアに咎められ、エリックは、日記を閉じる。まだ付きあいは半日ほどしかなかったが、その声には、彼女らしからぬ棘があった。


(まあ人のものを勝手に見るのは、褒められた行いではないか)

 

 それに時折書いてある内容からして、小屋の主は、女性だったらしい。なら、なおさら、読めないほうがいいだろう。


 ただ、やはりというか、火災についての手がかりはなかった。

 もっとも、エリックだってさほど期待していたわけではない。室内は埃をかぶっていた。長い間使われていない時点で、村の火災については、無関係なのだろう。 


「エリック様。室内を掃除するので、少しの間だけ、お外で待っていてもらってもいいですか?」

「掃除? 使うのは、一晩だけだから、する必要はないと思うが」

「だからこそですよ。一晩でも、お休みをする場所なんですから、清潔ににしないと。それにお借りさせてもらうんですから」    


 気づけばリリアの手には、小屋の外にあったホウキがあった。

 エリックの場合、危険がないのなら、地べたでも、休むことはできる。だが、リリアにはいっても意味がなさそうだ。


「お前もスキルを使って疲れてるんじゃないのか。ありがたいが、あまり無理はしなくてもいい」 

「ありがとうございます。だけど、大丈夫です。家事は、いつもしていましたから」

 

 リリアは、楽しそうに掃除をしている。気分転換になるのなら無理に止める必要はないのかもしれない。

     

「火起こしだって、お任せください。わたし、火打ち石はちゃんと使えるんですから!」

「メタルマッチすらないのか……」


 メタルマッチというのは、簡単にいえば、金属の塊を削ったことで起こる火種を利用した着火方法だ。それすらも、生前の世界の技術では時代遅れの代物だったが。


「メタルマッチ? スキルの名前ですか?」

 

 リリアは、小首を傾げている。やはり文明レベルは低い。自分の元いた世界よりも、相当劣っているというエリックの疑惑はほぼ確信に変わりつつあった。


「いや、なんでもない。だったら俺は、掃除している間に火種でも集めてくる」

「あっ! 裏にいくつか薪を集めてるはずなので、エリック様は枝や落ち葉を集めていただけませんか? 籠もありますから」

「……ああ。わかった」

  

 リリアのいっていた通り、小屋の裏手には、縄で縛られたまきがいくつかとつるで作られた手製のかごがあった。

 

(やっぱり、彼女はここにくるのは、初めてじゃないのか)


 そう。嘘をつくのが苦手なのかリリアのいっていることには、いくつか矛盾やおかしな点がある。


 たとえば、聞いた話でしか知らなかった小屋に向かう足どりに迷いがなかったこと。初めてきたというのに、室内にあったホウキをどうやってすぐに見つけたのか。小屋の裏に薪が保管しているのをなぜ把握していたのか。


 真実を口にしないのは、後ろめたいことがあるからではないのか。


 もちろん、すべてはエリックが穿うがった見方をしているだけの可能性もある。


 同じ景色にしかか思えなかった森も土地勘のあるリリアは、完全にわかっていたのかもしれない。

 ホウキだって、たまたますぐに見つけたかもしれないし、薪や籠のことも動揺のことがいえる。

 

 ほころびを突いたり、こちらが詰め寄れば、リリアは理由を話してくれるのか。


 だが、あえて、エリックはその点には触れないでおいた。真実を解明しても、この世界にきたばかりの自分には利益がなさそうな事柄だろう。


 それよりも、彼女がたくみに隠そうとしている警戒心がさらに強くなってしまうほうが、得策ではない。  


(少なくとも悪意があるわけではなそうだが)

 

 むしろ、どこか人のいる一帯に到着するまでは、エリックはリリアと行動を共にするつもりさえいた。


 傷を回復するというスキル。本来であれば、治療するのに、時間のかかる腹部の傷もわずかな時間で治療できる力。


 それは、エリックにはない手段だ。リリアのリカバリーは、間違いなく、これから役に立つ。少なくとも、似たようなスキルをもっているものが現れ、協力してくれるまでの間は彼女を手放すべきではないだろう。


「……利用しているようで悪いが」

 

 だが、有効な手は使わなければ、世界を救うなど到底叶わない目標だ。


 姑息こそくな手段なことは自覚しているが、罪悪感はなかった。


 打算的に考え、行動する。それは、エリック、いいや、きっと生前の自分がそうだったに違いない。

 

  

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