8話 脆い勝利と今後のこと
(……我ながら、よく意識が保てているな)
自分の体調に関して、エリックはそう評価する。
体は重く、腹部には燃えるような痛み。視界の端はぶれ、頭の中心に極太の針を何本も刺されたような痛みが、継続している。
それでもなんとか屋敷まで戻り、地下室の階段をくだろうとする。
だが、その前に声が聞こえた。
「エ、エリック様ですか? さっきの男の人たちでしたら、こ、こないでください!」
「……心配するな。俺であってる」
エリックは弱々しく返事をする。
リリアは、階段の途中でじっとしていたらしい。おかげで、エリックの小さな声も聞こえたらしいが、懸命だとはいえない。
いまの言葉で、本気で男たちが帰ってくれると思ったのか。まだ地下室の隅に隠れたほうが、見つかる可能性は低いだろうに。
「エリック様!」
とはいえ、荒事に慣れてはいなければ、混乱の最中で冷静な判断を要求するほうが無茶だ。エリックの指示に従い、地下室へ向かっただけ上出来だろう。
「ひっ……!」
外へ出たリリアは、略奪者の死体を見つけ、小さな悲鳴を漏らす。
「み、みんな死んでいるんですか……?」
「……ああ。全員殺した。もう大丈夫だ」
「エ、エリック様がですか……?」
「他に誰もいないだろ」
淡々と返事をしたエリックに、リリアは顔をひきつらせている。
「ほら、さっさと移動するぞ……!?」
しかし、そういったエリックが、ふらつき、その場にしゃがみこんでしまう。
限界などとうに越えていた。敵を排除し、リリアの安否が確認できたことで、緊張の糸が切れ、一歩も動けなくなってしまう。
「エリック様! 顔色がとても悪いです! それに体も真っ黒じゃないですか!」
「体の汚れはただの煤や灰で汚れだ……。怪我もしてるが、体調が悪いのは、スキルを使いすぎたのが、原因だろう……」
「……スキルを使うことができたのですか?」
リリアの驚いたような口調。元々のエリックは、スキルを使うことができなかったのだろうか。いや、いまはそんなことはどうでもいい。
「ああ。使いすぎるとどうなる……」
「大抵は、体の調子が悪くなります。頭痛や耳鳴り。あとは、体が思いっきり動いたあとみたいに重たくなったり……。半日ほどすれば回復すると思いますが……」
やはりスキルの過剰使用は、極度の疲労状態での症状と酷似しているらしい。
「あっ。ですけど、これ以上スキルは使っちゃダメです! 無理をしすぎると倒れちゃうことだってあるんですから……」
「思った通りか。気絶しなかっただけ運がよかったな……」
あのとき、土壇場で、敵を殺す武器を手に入れたのに、意識がなくなっていれば、そのまま無抵抗で殺されていただろう。
略奪者の男たちと自分。どちらが生存しているかが、入れ替わっていた可能性も充分にあった。
それにだ。エリックが便利だと思っていたスキルにも弱点というかルールのようなものがあるらしい。
いまの不調は、スキルの過剰使用が原因だが、本来であれば、足りなかったぶんのスキルのエネルギーを無理矢理に絞った代償ということもあり得る。
どれだけ長く走ろうとしても、息が続かなくなれば足は止まる。それでも無理に走ろうとすれば、血液が急上昇し、心臓に負担がかかり最悪死ぬ。つまりはそういうことなのだろう。
「それか機械でいうオーバーヒートみたいなものか……」
「ああ……。エリック様がスキルの使いすぎのあまり、何かおかしなことをいってます……。じっとしていてください。いまわたしが治療しますので……」
「悪いが頼む。右の横っ腹の殴打の傷がひどい。臓器を痛めてるのかもしれない」
「ゾウキっていうのも、よくわかりませんが、とにかく、見せてください!」
「……わかった」
エリックが服をまくる。予想していたとおり、本来であれば、健康的な肌が、青黒く汚れていた。
その上に、リリアが手をおく。
地下室と同じだった。リリアの手の平が光ると、感じていた腹部の痛みが徐々に緩和していき、皮膚も元へと戻り、内出血も治っていく。おそらく、出血した臓器のほうも健康なものへと戻っているだろう。
十分ほど経っただろうか。地下室のときに比べると時間はかかったが、エリックの腹部の傷は、完全に治っていた。見るのは二度目だが、改めてとんでもない力であることを実感する。
「他にも傷がありますね。わたし、他人の治療は苦手ですが、しっかりと治してみせますから!」
「いや、いい。あとはかすり傷だ」
一番の深手は治療してもらった。少し時間が経ったおかげか、スキルにより疲労も和らぎ、動けるぐらいには、回復していた。
「ダメです。エリック様に守っていただいのに、わたしだけが何もしないわけにはいきません」
だが、エリックの言葉にリリアは首を横に振る。
「リカバリーだったか。スキルを使いすぎるとお前だって、体調が悪くなるんだろ」
「大丈夫です。これくらいなら、全然平気ですから……」
笑顔を浮かべるリリアだが、白い髪の下から見える額は、じっとりとした脂汗がにじんでいる。
強がりなのは、一目瞭然だった。けれど、瞳からは、頑な意志を感じる。気弱な印象があるが、実は結構頑固なのだろうか。
「……わかった。ただし、無理はするなよ」
「はい。もちろんです!」
エリックは諦めたようにいうと、リリアはうれしそうに治療を再開する。
スキルの過剰使用による体調の悪化はまだ続いている。彼女の献身的な行為は、ありがたくはあったのだ。
「よし……。これで最後でしょうか……。
「もう傷はない。大丈夫だ。お前がいてくれて助かった」
傷が完治していることに、偽りはなかったが、やや大げさにエリックはいう。
そうしなければ、リリアは、まだスキルを使おうとした可能性がある。それこそ、気絶するまでだ。
「リリア。お前がいっていた街には、どれくらいかかる」
「たしか数日くらいは……」
さて、どうするか。
エリックほどではないが、リリアもスキルを使い疲労しているようだ。
青かった空にも少しずつ赤みが差している。
エリックが転移された時間は午前中だったみたいだが、野犬と戦い、村につき、さらには略奪者たちとの戦闘で日も暮れてきていた。森の中には、獰猛な獣だっている。疲労し、視界の効かない夜の中を進んでいくのは、危険だろう。
「……明日まで、地下室で休んだほうがいいかもしれないな」
「えっと、エリック様。村の外れに小屋があるんです。今晩はそこで休みませんか?」
そんな場所があっただろうか。いや、探索をしたのは、建物が燃えた一帯だけだ。見落としがあったとしても何もおかしいことはないだろう。
「じゃあ、案内を頼む」
エリックは、首を縦に振る。 がらんどうとしていた地下室よりはまだ設備が整っているかもしれない。
ダメだったら、当初の考え通り地下室を使えばいいのだ。
そう決めると、早速二人は小屋へと向かっていった。
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