7話 デッドコピー

 「どこ行きやがった。あのガキ! 見つけたら絶対にぶち殺してやる!」


  怒りをむき出しにし、男の一人が焼けた民家を探している。

 

 エリックは男たちを追っていたが、何度か曲がり角を経由したころ、急にその姿を見失った。端からすると突然消えたように見えただろう。


 男たちはそれぞれ別れ、周囲を探すことに決めたらしい。


  エリックは、彼らの一連の流れを息をひそめ、じっと観察していた。


「……ちっ。まだ目がいてえ……!」

   

  彼は、どうやら砂をかけられた人物だったようだ。もっとも、エリックにとっては、そんなことどうでもよかった。

 標的にしたのは、一番自分の近くにいたからだ。  


「ちっ。いねえか……。アレか? スキルかなんかで姑息な真似してんのか……?」


 男は焼けた民家を雑に探索すると、出口のほうへと向かっていく。

   

 だが、彼は、もう少し下に目を凝らし、あるいは、一通り探すべきだった。


 そうすれば、灰で全身を覆ったエリックを発見できたかもしれないのに。


 だが、そうはならなかった。その時点で、彼の運命は確定した。

 エリックは、ゆっくりと立ち上がり、男の右太ももにナイフを刺し、背中を押す。

  

「はっ……? うおっ!?」


 男は、突然の痛みにもだえる前に、前のめりに倒れる。

 

 虚をつき、足を狙えば、相手が大人でも、転倒させることは可能だ。

 

 あとは簡単だ。ナイフで後頭部を刺せばいい。


 途中、硬い何かに阻まれる。おそらく、頭蓋骨に当たったのだろう。

 なら、グリップの根元を靴のかかとで押しこむと刀身が奥に入る。 


 自分の強みは、生命の殺害に躊躇がないことだとエリックは理解していた。だからこそ、急所を刺すことにも一切ためらいがない。


「これで三人」


 しかし、ナイフは、死んだ男の後頭部に深く刺さったため、とるのが難しい。 

 けれど、エリックの想像が正しければ、大丈夫なはずだ。

 それを証明するように、ナイフを願うと、野犬や先ほどのように手元に出てくる。


(思った通りか)


 やはり、これが自分のスキルなのか。リリアの回復に比べると陳腐ちんぷかもしれないが、どこでも好きに出せるのであれば、戦闘では、重宝し、充分使える。

 

 けれど、明確な異変が不意にエリックを襲う。


 その現象が起こったのは、再度ナイフを出現させたときだった。


 走りながら、一気に体が重たくなる。 


 エリックは足をとられたわけでも、息切れを起こしたわけではなかった。かといって、敵から、なんらかの攻撃を受けたわけではない。

 にも関わらず、強い疲労感を覚えた。時間が経つと和らいだが、まるで、過度な運動後や極度に集中したような気分だ。

    

(もしかするとナイフを出現させるたびにが消費されている?)


 それは、カロリーなのかとエリックは考えたが、どうも違うような気がする。ただ、もっと根本的な――説明は難しいが、体の内のなんらかのエネルギーが絞られている感覚がある。


 はっきりとしたことは、無限に出せると思っていたナイフに限界があるということだ。あと、数本。体感でいえば五本の出現は難しい。エリックはそのことをなぜか把握していた。

 

 リリアが自然にわかるといっていた意味もいまであれば頷ける。

 地下室で出てこなかったのは、エリックが無自覚に余計な消費を避けようとしたからだろう。


 残りのキャパシティでどうすれば勝てるのか。逃げながら考えていたエリックだったが、足が止まる。

 なぜなら、数十メートル先の曲がり角から、大柄の男が、姿を現したからだ。

  

「あん? テメエ……」

 

 略奪者たちのまとめ役。たしか、ガレスだっただろうか。

 この男だけは、エリックを探してはいなかった。どうやら、適当に周囲を歩き、偶然見つかってしまったらしい。


 武器はないが、子供のエリックの二倍はあろう身長と巨体は、まともに挑んでも勝ち目は薄い。

   

 だったら、一度隠れたあと、また不意うちすればよい。幸いなことに相手とは距離がある。あちらは、飛び道具を所持している様子もない。


 だが、エリックは不意に違和感を覚えた。

 

「逃がすかよ。ガキ」 


 ガレスがしたことといえば、エリックのほうに手を向けただけだ。

 しかし、嫌な予感を覚えた。それは、生前に経験した魂が、本能的に危険を感じたのかもしれない。


 エリックはとっさに 後ろへ跳ぶ――だが、遅かった。

 脇腹にが激突した。


 直後、動いてもいないのに、エリックの体がくの字に折れ、ごきっ、と枯れ枝を踏んだような音が内部に響く。

 

「ッッ!」


 硬いものにぶつかったような。鈍器のようなもので、殴打されたような鈍痛にエリックは顔を歪ませる。

    

 油断していたわけではない。荒事を生業とする集団のトップであれば、暴力に長けていることも容易に予測はできた。


 エリックは、相手を警戒していた。スキルが使われることも想定していた。

 それでも、いまのできごとは完全に理外の理だった。


「ガ、ガレスさん!」


 最悪な展開だった。戦闘を聞きつけたのか残りの二人がガレスと合流してしまう。


「ふんっ。テメエら、ふがいねえな。こんなガキ一人に手こずりやがって。ズルサとダダは、どこ行きやがった」

「ふ、二人ともこいつに殺されちまいました」

「あん? ちっ。テメエらみたいな能力ナシでも、手数ぐらいにはなったのによぉ」

 

 ガレスは派手に舌打ちをすると、エリックを見る。

 

「……まさか。このガキ、スキルもちか?」

 

 ガレスが追撃してくる前に対処しなければならない。


 何をされたのか、わからないが、エリックはナイフを出現させ、素早く放る。

 

 まだ試したことはなかったが、スローイングができるという自覚はあった。


 事実、ナイフは、エリックの思った通り、ガレスへ向かっていき、突き刺さる――はずだった。  

 

「おっと」


 しかし、投げたナイフは、ガレスの腹部のずっと手前で、他の物体とぶつかった音をあげ、あらぬ方向へ叩き落とされる。

 

「やっぱりそうか。っで、これがお前のスキルか。ガキ? へっ。見たところただナイフを出すだけみてえだな。付属する効果もないみてえだし、ちんけなもんだぜ」

 

 ナイフは、地面に落ちると最初から存在していなかったのように消える。ガレスは、その光景を勝ち誇ったように見ていた。  


「オレ様のエアークラスタを前にしてテメエなんかが、敵うわけねえんだよ」

「さ、さすがガレスさんです!」 

「そうっすね。ガレスさんなら、王国の軍隊でも敵じゃねえぜ!」 

   

 他の男二人が、ガレスに媚びるような声を出す。

 なるほど。乱暴ものたちをまとめているだけであって、他に比べて実力があるらしい。最初、自分が手を出してこなかったのは、エリックを侮っていたからだろう。

 

(ガレスのもつスキルをどうすれば突破できる)


 数少ない勝機を逃さないために、エリックは必死で頭を働かせる。

   

 ナイフではダメだ。近づく前に、透明な塊に迎撃され、仮に投げたとしても先ほどと同じように止められる。

 かといって他に武器はない。せめて、自分のスキルがナイフ以外を出せれば……。


 そのとき、ふと、エリックは疑問に感じた。ガレスがいっていたこと。ナイフを出すだけの陳腐なスキル。


 ……本当に自分のスキルはナイフを出すだけなのだろうか。

 

 いや、違うとエリックは根拠もないのに、そう感じることができる。

 あのナイフは、エリックの生前のものだった。どこでどう入手してたのかまでは思い出せないが、その事実は理解していた。


 だが、そうなると。どうなるのか。


 エリックは、自分のもつスキルの本質が漠然と理解できつつあった。

 あと、一歩だった。何か後押しするものが、あれば、きっとそれを形にすることができる。 

  

「いいんですかい、ボス? 死体になっちまったら、売れねえんじゃ……」


 その後押しをしたのは、皮肉なことに敵のほうからだった。


「スキルもちのほうが高く売れるが、抵抗するやつはしかたねえ。もう一人女のガキがいただろ。スキルもちかは知らねえが、まだそんな時間も経ってねえ。遠くにはいってねえはずだ」

「ああー。いましたね。でも、顔はよかったですが、売るには、まだ小さすぎやしませんかい?」 

「いいんだよ。返ってそのほうが、需要があることもあんだよ。。ガキのほうが、金をもったおっさんが、買ってくれるってな」

  

 大笑いしている彼らは、気づくはずもないのだろう。エリックの頭の中で何かが破裂したことに。


(こいつらを殺すための武器がほしい)


 それは自分は知っているはずだ。生前にナイフよりも使い続けていた武器の存在を自分は、知らないはずがない。


「もうオレが、スキルを使うまでもねえだろうが。さっさとガキを始末しやがれ」

「りょ、了解しました。ボス」

「ったく。手こずらせやがって」  


 自分が死ねば、リリアが、捕まる危険がある。地下室に隠れているのなら、見つかるのは時間の問題だ。


 男二人が迫る中で、エリックは空になっている右を前に突き出す。

 五指は中途半端に曲がっていた。まるで、何かを握ろうとしているように見える。


 エリックは、奇跡を願ったわけでなく、神に祈ったわけでもない。

 抱いたのは、純粋な殺意であり、それが、自分のスキルを理解するの最後の一つ。


 障害を排除するため、生前に使っていた武器を召喚する。


 気づけば口にしていた言葉は、武器名ではない。


「……デッドコピー」

  

 スキル名――デッドコピー。そう。それこそが、エリックがこの世界で得た新しい力だった。

  

  不思議な形をした金属の塊が、エリックの手にすっぽりと収まっていた。 


 一体、いつあったのか。この場にいた誰もわからなかっただろう。


 にも関わらず、エリックは動じることなく、それを使う。使用方法なんて、見たとき、いや、見る前から、わかっていた。

 

 安全装置を外し、狙いを定め、ひき金をひく。その動作を一切の無駄なく行う。 

 

 それはエリックの前世の世界の道具。火薬が爆発することで、金属の塊が、らせん状の内部を通り、劇的な速さで射出される。


発明されてから、長い間、という目的のために開発されてきた武器。連射性や威力、距離などが時代とともに進化していき、用途にわけて様々なジャンルも生まれた。


 その武器は携帯性に優れ、少しの訓練を行えば、子供でも容易に大人を殺傷することができる。


 バン! という音が二回響いた。


 エリックが構えた拳銃から、弾丸が射出され、相手に命中する。迫ってきた略奪者二人の脳天へ。

 頭だったせいか、血は思っていたよりも溢れることはなかった。

 しかし、撃たれた男たちはそのまま何もいわず地面に倒れる。


 声は聞こえなかった。それぞれ頭に一発ずつ。弾丸のスピードは目視するには、あまりにも速すぎる。彼らはおそらく、自分たちが死んだことすらわからず、生涯を終えたのだろう。


窮地きゅうちを乗り越える武器を手に入れたエリック。

 だが、その足どりは立っているのが、やっとなほどおぼつかなかった。


 原因は、ガレスによって受けたいくつかの傷。服を覗けば、攻撃を受けた部分は青白くなっていただろう。

 さらに拳銃が現れた瞬間から、劇的に体が重たくなっていた。特に頭痛が酷い。鈍器で何度も殴られた数倍の痛みだ。

 

 エリックが息をはこうとすると、臓器が負傷しているせいか、反射的に血がこぼれた。誰が見ても、限界を超えていることは明らかだった。

 しかし、響くような頭痛と腹部の痛みを表に出すことはなかった。


 立ちはだかる敵は、残すところあと一人。なら、血反吐をはこうが、意識を保ち、殺してやる。

 

「テメエのスキルはナイフを出すもんじゃねえのかッッッ!?」

 

 略奪者のリーダー。ガレスは、声を荒げる。


 エリックは返事をしなかった。している余裕がないのも理由だったが、わざわざ敵に有利になる情報を与える必要性がなかったからだ。

 代わりに銃口をガレスの心臓に向け、弾丸を放つ。


「ちっ……!?」


 弾丸はガレスとの間で壁に激突したような音を立てた。どうやら、スキルによって防がれたらしい。

  

「がっっ!?」

  

 しかし、続けて放った弾丸が、ガレスの膝を貫き、巨体が前のめりになる。


 エアークラスタ。名前からして空気の塊を作り、操るスキルなのだろう。強度は金属なみであり、円球の大きさは、サイズでいえば手の平くらい。


 たしかに、攻守ともに万能だが、操れるのは一度に一つだけらしい。エリックは、ガレスの発言と自分が攻撃された経験から、そう推察する。


 同時に複数使えるのであれば、拳銃でも傷を負わせることは難しかっただろう。

 しかし、一つ限りであれば、大した脅威ではない。

    

 一発、二発止められようが構わない。この拳銃は十三発まで弾が入る。

 まだ弾丸は九発も残っている。


「……楽に死にたいなら、防御しないほうがいい」

 

 恐怖に歪んだ顔をしたガレスには、エリックはどう見えていたのだろうか。

  

「なっ。おい、ま……!」

 

 相手が命乞いをしようとしたのか。罵ってこようとしたのかは、永久にわからないことだ。

 乾いた銃声が廃村に響く。

 弾丸は三発余った。

 とある略奪者たちのグループは、そうして壊滅した。


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