6話 障害になるのであれば容赦なく
眉の太い男がぎろりとこちらを見ている。
一人だけではない。何人もおり、服装は全員みずぼらしく、手には、剣や短剣。槍や斧。中には棍棒など様々な武器をもっている。
それらは、どれも血で汚れ、ひどいものは、サビかけていた。とても点検されているように思えなかった。
「エ、エリック様……」
リリアは男たちの風貌に、恐怖したのだろう。エリックの後ろに隠れ、小さく息をのむ音が聞こえる。
「……おい。ガキ。テメエはこの村の人間か」
エリックに話しかけてきたのは、大柄な体格をした中年だった。不規則に散らかっている髭をうっとしそうに触っている。
「……ああ。そうだ。ただ、民家の火事が飛び火して、一帯の建物を焼きつくしてな。これから避難するところだ」
「ちっ! やっぱり。そうかよ。くるのが一足遅かったみてえだな……」
エリックの言葉に別の男が反応する。どうやら、放火をしたのは、彼らではないらしい。
「逃げようとしたやつらからもろくなもんがとれなかったしよぉ!」
他の男も、威圧的にそういってツバを吐き捨てる。
だまされているという自覚がないのだろう。それに、こちらが聞いてもいないのに何があったのかを口にしているのはありがたい。
やはり、村にいる全員が炎により、亡くなったわけではなさそうだ。もっとも、生存者もこの男たちに襲われたらしく、安否は不明だが。
「そういやよぉ。馬鹿が何人か、反抗してきたよな。大人しくしてれば、命くらいは助けてやったのによ」
「ああ。案の定、ボスにやられちまったけどな」
「ちげえねえ! 最後には、うさぎみてえにぴょんぴょん跳ねて傑作だったぜ!」
目の前で繰り広げられる会話は、粗暴で、とてもじゃないが、聞いていて気持ちのいいものではない。
それとも、わざと高圧的に見せることで、エリックとリリアに大人しくしていろと遠回しに脅しているのだろうか。十代の少年と少女など、俺たちにとっては、彼らにとってはとるに足らない存在なのだと、認識させようとしているのかもしれない。
その思惑は、リリアにたいしては、効果を発揮していたらしい。エリックの服の裾を掴む手が震えているのを感じる。
たいしてエリックは、冷静に対処法を思案していた。
略奪者たちに真っ向から、立ち向かうのは、利巧だとはいえない。
ただでさえ、身体能力の差は歴然であり、こちらの武器は包丁のみ。しかも多勢に無勢だ。抗戦しても勝率は低い。
「そういえば、屋敷には、金貨だったか。それがあった。探せば他にも何か出てくるかもな」
「おっ? なんだよ。そいつはいいじゃねえか」
苛立っていた男たちだったが、新しい情報を前にわかりやすいくらいに目の色が変わる。
「村のものは、好きにしてくれ。俺はあんたたちに危害を及ぼすつもりはない」
「おいおい、ずいぶんと太っ腹なじゃねえかい。坊ちゃん」
「どのみち、俺と彼女がもっていけるものは、少ししかない。余らせておくくらいなら、別の誰かが使ってくれたほうがいい。だろ?」
「話が早くて助かるじゃねえか。素直なガキは、嫌いじゃねえぜ」
略奪者たちは、金品がほしいのだ。目的が叶うのならば、子供二人など相手にする暇などない。
エリックはそう判断した。その考えじたいは、正しかったはずだ。
「だったら、俺たちは失礼する。あんたたちの仕事の邪魔にならないようにな」
「おい、誰が逃がしてやるっていったよ。オレたちに、大人しくついてこい」
見誤ったのは、相手の欲深さだった。
「……街まで案内してくれるってわけじゃなさそうだな」
「つれていってはやるよ。ただし、奴隷としてだがな」
「……人身売買は、犯罪じゃないのか」
「はんっ。そんなもの表向きはだろ? いまの王様なら、何をやっても問題ねえよ。自由万歳ってな!」
……どうやら、この辺りは治安があまりよいとはいえないらしい。
一応法律では禁止されているようだが、需要があり、流通が可能なルートがあるのなら、関係がない。リスク――もっとも男たちはそんなもの感じていないかもしれないを背負ってでも、金を得ようとするだろう。
「……この村にある金だけじゃ満足できないのか」
「こんなご時世だ。稼げるうちに稼いでおかねえとな」
(厄介なことになってきたな)
多勢に無勢。しかも、こちらは子供だ。仮に抵抗されたとしても、少し殴ってやれば、大人しくなるとでも思っているのかもしれない。
「おっと。動くんじゃねえぞ? じっとしてれば怪我はしねえからよぉ。運がよければ、まともなやつらが買ってくれるんじゃねえのか?」
茶色い髪の大男――略奪者のボスらしき男が笑うと何がおかしいのか、他も同じように笑う。
(これはダメだな)
話しあいで解決できる連中ではないとエリックは早々に略奪者たちを見限った。
略奪者たちの数は、六人。誰も服装は統一されていないため、訓練を受けた兵士である可能性は低い。敵と戦うことを想定していないなら伏兵などもいないはずだ。希望的観測かもしれないが、そう信じたい。
会話で事態が収拾できないのであれば、残す手段は、逃げるか戦うか。
一人であれば、エリックは逃げるのは、難しくなかった。
しかし、後ろにいるリリアは、きっとすぐに捕まってしまうだろう。
見捨てるべきか。自分には、世界を救うという目的がある。そのためには、余計なリスクを背負うべきではない。
だが、エリックが見捨てた場合、リリアはどうなるのか。よほどの幸運に恵まれないかぎり、ひどい境遇を送るのは想像に難くない。
「……こいつらについていきたいか」
エリックは後ろにいるリリアへたずねる。
返事はすぐにあった。
「い、いやです……!」
そよ風が吹いたような声は、略奪者たちの耳には届いていなかっただろう。
けれど、エリックはたしかに聞いた。とてもか細かったが、彼女から、強い拒絶の意思をはっきりと。
「……わかった」
エリックにあったいくつかの選択肢は、すべて省いた。
勝率は低いがやるしかない。覚悟は決めた。あとは実行するのみだ。
「男の一人が死んだら、地下室まで走るか森の中に逃げろ」
「……えっ?」
「時間は稼ぐ。ただ、捕まったり殺されない保証はできない」
後ろからリリアの動揺が伝わってくるが、詳しい説明をしている暇はなかった。
「わかった。俺たちはあんたたちに大人しくついていく。だから、暴力はよしてくれ」
「物わかりがいいじゃねえか。行儀のいいヤツは嫌いじゃねえ。ほら、さっさとついてこい」
「ああ。……っと」
エリックはそういいいながら、足がつまずきそうになったふりをして、ポケットからあるものをこぼす。
「おっ。いいもんもってるじゃねえか。ガキには、もったいねえ。こいつは、オレがもらってやるぜ」
略奪者たちの一人の卑しい視線が、地面に落ちた金貨に向かい、拾うために背中を丸め、膝を落とす。
「ひょっ……?」
その首には、欠けた包丁が突き刺さっていた。
男は、間抜けな声を出し、喉から噴水のように血を噴き出し、倒れる。
運がよかったわけではない。
人間の首を簡単にためらいもなく斬ることが自分にはできる。エリックは、覚えてもいないのにそんな確信があった。
それでも、相手が動いていれば難しかったかもしれない。だが、不意討ちであれば造作もない。金貨に拾おうとした男の首は、子供のエリックにとっては、丁度いい位置にあった。
わずかな間、時が止まったように辺りは静寂に包まれる。
「リリア!」
「えっ? あ、は、はいっ!」
呆然としていたリリアが、我に返り、屋敷のほうへと走って行き、エリックは彼女とは別方向へと駆ける。
「おい、何、ぼおっとしてんだ! テメエら! そいつを殺せ!」
「へ、へい。ガレスさん!」
「って、全員行くんじゃねえよ! 誰でもいいから、一人は女のほうをとっとと追うだよ!」
続けて、リーダーの大男の命令により、残り五人が、動き出す。そのうちの一人は、リリアを追うらしい。
だが、ここまでいくつか想定していたパターンの一つ。だから、冷静に対処ができる。
「ッッ!? め、目が!?」
リリアを追おうとした男の顔面にエリックは握った砂を投げる。
それじたいは、大したダメージではない。多少相手の視界を奪ったくらいだ。
しかし、挑発行為としての効果はある。さらに。
「おい、どこを見ているんだ。そんなに俺が怖いのか?」
「このクソガキッッ!」
言語が通じて助かるとエリックは心の底から思った。おかげで、逆上した男の矛先があっさりと自分に向いてくれたのだから。
これで、リーダー以外が、エリックを追う形になった。その男も指示を出すだけで、動く気配はない。
(野犬の次は、人間の集団か)
転生初日の二度目の戦闘。だが、エリックのやることは変わらない。
敵がいる。だったら、排除するしかない。
他の男たちは、凶器を手にしている。使い慣れているのかは、定かではないが、多少の心得くらいはあるのかもしれない。
たいして、エリックは、どの武器も正しい使いかたはわからない。慣れ親しんでいるナイフだって、我流だという自覚がある。だが――
「この野郎、とっとくたばりやがれッ!」
略奪者たちの中で、一番足が速かったせいだろう。いち早く追いついてきた若い男が、長剣で襲いかかってくる。
だが、エリックは焦らない。
手には、小さな槍があった。最初に殺した男がもっていたものだ。
エリックはしゃがみ、男の内側に入りこみとそのまま真っ直ぐ槍を突き出す。
「がっ……!?」
槍は略奪者の腹部に深々と突き刺さっていた。骨に当たっているのかどうかは定かではない。ただ、その場合、技術も力もない子供のエリックではひき抜くが難しいだろう。
だが、一つの武器に固執する必要はない。相手が重傷を負ったなら、手近な木材で頭部を殴れば充分だ。
「ぐべっ!」
槍が刺されたままの状態で男は倒れ、ピクリとも動かなくなる。
人の殺しかたなら、熟知している。動物だろうが人間だろうが、命を奪うことにためらいはない。
エリックは、殺した男を放置したまますぐに逃走を再開する。
(あと四人か)
「おい、あそこにいるぞ!」
「待て。ジースのやつ、やられてねえか……?」
「よくもやりやがったな! このガキ!」
後ろから聞こえる男たちの怒号。全員の敵意が、エリック一人に向かっている。
狙い通りだった。リリアの存在など誰も歯牙にもかけていない。地下室に隠れたのか森へ逃げたのかは、定かではないが、時間は稼げている。
エリックは一通りの地理を覚えていた。最初に村を回ったのが、幸いしたのだ。でなければ、とっくに捕まり、男たちになぶり殺しにされていただろう。
けれど、だからこその問題もある。
よくも悪くも村にはろくな武器が残っていないことをエリックは知っていた。もっと探索をすれば、出てこないとはかぎらないが、悠長にしていると略奪者たちに殺される。
割れた瓶を投げるが、男たちには、けん制ていどにしかならない。
(どうする……)
曲がり角を何度も使い、敵から死角を作り、一旦、身を隠すことには成功したエリックだが、こんなもの一時しのぎしかならない。一、二分もせずに見つかる。
いや、運良く隠れることができたとしても、その隙にリリアが、捕まってしまうかもしれない。
そこらに散らばっている陶器の欠片は、大人の肉体を刺すには強度があまりにもお粗末だ。
刃物。贅沢をいえば、野犬と戦ったときのナイフがあれば。
(ないものねだりをしてもしかたがないか)
近くに追っ手がいないことを確認したエリックは、疲れを吐き出すように息をはき、手元に視線を戻す。
気づけば、望んでいたナイフがあった。
(これは……!)
一瞬エリックは、自分の目を疑う。
だが、幻覚ではなかった。間違いなく、自分の手には、野犬と戦ったときのナイフが、握られている。
すっぽりと。という表現が的確だっただろう。幻覚などではなく、ざらざらとしたグリップの感触を実感する。
エリックの頬は、知らず緩んでいた。不可思議な現象に理解が追いつかなかったからではない。
障害を排除する。そのための武器を手に入れることができたのだから。
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