5話 混乱に乗じて現れるものは

「そんな……」


 地上に出ると燃えた村の惨状に少女は唖然としていた。

 

「……あの。エリック様。生き残っているかたは?」

「避難した人間もいるかもしれないが、俺が探したかぎり生存者は誰もいなかった」

「そうですか……」


 少女は力なく返事をする。無理もない。住んでいた村が跡形もなく、破壊されたのだからショックは、相当なものだろう。

  

「村は略奪にでもあったのか? さっきの地下室に避難できたのは、お前だけか?」    

「……申しわけありません。火災の混乱のせいか、わたしもあまり覚えていなくて……。気づけば地下室にいたみたいです……」」

「……そうか」


(ショックで記憶に欠落があるのか?)


 少女は気まずそうに顔を伏せる。しかし、そういわれてしまえば、記憶がないと偽っているエリックは追求しづらい。

  

「エリック様こそよくご無事でしたね。お屋敷にいたと思ったのですが」

「ああ。たまたま難を逃れたみたいでな……」


 エリックは曖昧な返事をする。記憶がないという嘘で通すとしても、あまり探られるとぼろが出かねない。なので話を逸らすことにした。

  

「なあ、ずっと気になっていたんだが、その様っていう呼びかた、やめてくれないか」

「えっ。ですが、この村のご当主様の息子でありエリック様を呼び捨てにするのは……」

「だとしても、いまの俺は、呼ばれるとむず痒い」

  

 元々いたエリック・ウォルターがこの村の領主の息子だというのであれば、この村の中でも高い地位だったのだろう。

 だが、いまの自分にはまったく関係ない。慣れない呼びかたをただ変えてほしいだけだ。


「お前、……そういえば、名前を聞いてなかったな」 

「わたしの名前は、リリア・トリフィ。ウォルター家に仕えるメイド見習いです」

「……ああ。だから、仰々しい口調なのか」


 彼女にとってウォルター家は、領主だけではなく、生活を保障してくれる存在だったのだろう。


 その当主であるウォルターが、一体どうなったのかなどいまでは定かではないが。エリックとしてはできれば亡くなっているとありがたかった。いざ対面した場合別人だと見破られてしまうかもしれない。


 それは、目の前にいる少女、リリアにも同じことがいえる。正直、彼女が記憶喪失だといったエリックを完全に信じていないことは、なんとなくわかっていた。


「悪いが、いまの俺はただの記憶喪失の子供だ。両親だって安否は不明。死んでいるかもしれない。屋敷だって燃えた。リリア。お前に生活を保障できる余裕はないぞ」 

「えっ? あ、あの……」


 エリックの言葉に、リリアは狼狽したような表情を浮かべる。

 

「不満はあるかもしれないが、屋敷に残ったものは好きにしてくれ。役に立つものがあれば、有効に使ってくれて構わない」

「えっ? いくらなんでもわたしでは、身に余りすぎます! そこに散らばっている金貨なんて、数年分の給料ですのに!」

「……金貨? それはそこまで価値のあるものなのか?」

「えっ。それも忘れているんですか……?」


 エリックの言葉に少女――リリアは、眉をしかめる。

 リリアの口ぶりからして、金貨というのは、貨幣の一種らしい。しかも売買するにおいて、価値も高いようだ。


「構わない。少し残しておいてくれれば、それでいい」    

「ですが……」

「だったら、人が住んでいる場所を知っているなら、そこまで案内してくれ。その報酬の代わりに価値のあるものをもっていってくれればいい」


 さも当然のようにエリックはいうが、この屋敷はグルーブにおけるウォルター家のものであり、自分は無関係だ。

 だが、そんなものいまさらだろう。生きるためにはしかたがない。エリックだって、他人の家から、無断で包丁を盗んでいる。

 

「その、ご厚意はありがたいのですが、やはり遠慮させていただきます」


 リリアは、少し迷ったようだが、結局は、首を横に振って断った。

「もらえるうちにもらっといたほうがいいと思うぞ。金がなければ、何も買えない」  

「わたしには、もったいです。エリック様のほうから、お給金のほうをいただければそれで……」

「……そうか」

 

  結局、リリアは、何も手にしなかったため、エリックが金貨を何枚かズボンのポケットに入れておく。袋の一つでもあればよかったのだが、贅沢はいってやれない。

 

 とりあえず、リリアには、人の住む場所まで案内してもらおう。それから、彼女が寝ている間にお金を置いていけば受けとるしかないはずだ。

 置いたお金すらも放棄したのであれば、それはそれでしかたがない。自分にはすべきことがある。この少女の面倒を見るために新しい生を得たわけではないのだ。 


「じゃあ、この話は終わりだ。とりあえずは、別の街に移動したいんだが、俺は記憶がない。道案内を頼めるか?」

「わたしも村から出るのは、始めてですが、きっと大丈夫です。南に街があるのは知ってますから!」


 なんだろう。大丈夫どころか、逆に心配するような一言があった。しかし、現状は、彼女に頼るしかない。 

 リリアと会話をしながら、エリックは村から出ていこうとする。


 このとき、エリックは、最初に比べると緊張の糸を緩ませていた。自覚があったのか定かではないが、グルブで始めて会えた人間に、安心したのかもしれない。


「あんっ? なんだテメエら」  

 

 だからだろう。村に入ってきた侵入者たちに気づくのが、完全に遅れた。 

 

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