4話 スキル

「……俺のことを知っているのか?」 

「は、はい。エリック様ですよね?」

 

 エリックの問いかけに少女はそういいながら首を縦にふる。


 やはりだ。彼女は自分を知っている。さらにいえば、会話もできていた。

 

 グルブとエリックのいた世界は、別なのだから、普通に考えれば、言語も文字も違うはずだ。 

 これもエクスのサポートの一つなのか。だとしたらありがたい。言語が通じるのは、コミュニケーションをとるうえで、重要な要素だ。


「あ、ああ。俺はエリック・ウォルターだ」

 

 だが、言葉が通じるからこそ返って一つの疑問が浮上する。

 なぜ少女は自分のことを知っているのだろうか。エリック・ウォルターというエクスに第二の生命を与えられた自分のことを。


 もしかすると自分はグルーブにいる人間の意識を奪っているのだろうか。あるいは、複製された肉体なのか。 

 真っ先に確認しなければならないことだが、いまはその手段がない。


「ただ……」


 ともかく、目の前にいる少女にたいし、何かしらいう必要がある。


「俺は自分の名前以外覚えていないんだ」


 短い間に様々なことを考えたエリックだったが、これしか方法がないと思った。

 

「お、覚えていない……?」  

「ああ。記憶がないんだ。どうやら、火災の衝撃で落ちてきた何かに頭をぶつけたらしくてな」


 我ながら苦しいごまかしだと、エリックは思った。周囲の状況を記憶喪失の原因に用いたとはいえ、強引だろう。

 相手は幼いが、だまされてくれるだろうか。少女の反応をエリックが待っていると――


「頭をぶつけたんですかッ! 少し待っていてください! いま治療しますから!」  

 

 相手はあっさりと信用してくれた。ただし、少々効きすぎだったが。


 目覚めたばかりだというのに興奮した少女はエリックに近寄ると頭をぺたぺた触る。 

 強くはないが、少し頭部が痛んだ。ごまかすための言葉だったが、本当に頭を怪我をしていたらしい。きっと野犬に襲われたときだ。

 

「いや、大した傷じゃないから気にする必要は……」 


 とはいえ、活動に支障はなく、少女に問題がないことを伝えようとする。


 その直前のことだった。


 わずかなランプしかなかったはずの部屋に新しい光源が現れる。

 発生源はエリックのすぐ上。少女の手の平からだった。


(これは……!?)


 少女はランプやライトを手にしていない。にも関わらずてのひらが仄かに発光している。


 いいや、そんなことは、些細なことなのかもしれない。


 もっとも異常なこと。それは、光が消えるころには、エリックの頭部の痛みが、完全になくなっていたことだ。


 目の前で起きた現象にエリックは、困惑する。


 確認することはできないが、おそらく、頭部の傷は治った。なんらかの手段により、この少女によって。

  

「あっ。腕のほうも怪我してますね。こっちは血も出てる。時間的にはどうかな……」


 少女が見たのは、エリックが森の枝で切ってしまった腕の擦り傷。


「おい、待て……!」


 通常であれば、エリックは腕を後ろへひいていただろう。

 だが、先ほどの不可思議な現象により、反応が遅れてしまう。

  

 少女の触った箇所がまた光る。


 変化はすぐに起こった。今度はをエリック自身もはっきりと確認できた。

  腕のかさぶたがぶくぶくと泡を立て消えていく。その上から出てきたのは擦り傷を負う前のみずみずしい皮膚だった。


「よかったぁ。ぎりぎりだったみたいですが、回復できたみたいですね」


 少女は安堵したように息をつく。

 だが、エリックとしては、先ほど起こった現象についてたずねないわけにはいかなかった。


「なあ、お前。俺に何をした? どうして、俺の傷が治ったんだ」

「えっ? そ、その……」


 早口でエリックがたずねると少女は困ったように顔をする。

      

「えっと……。わたしのスキルは、回復系なんです。リカバリーっていうんですけど……」 

「スキル……?」


 本人は当たり前のようにいっているが、その意味がまったくわからない。 


 いや、意味はわかる。スキル。つまりは能力のことだ。リカバリーというのは、そのまま回復という意味。


 ということは、彼女は幼いながらも医術の心得でもあるのだろうか?

 だが、違った。少女のしたことは、エリックの頭や腕に手をおいて発光させただけだ。それだけで傷が治るわけがない。

  

「治療薬や回復薬の類いじゃないのか? 極小の注射を使って俺にナノマシンを打ちこんだとか」

 

 いいや。エリックは自ら口にしながらもその線は低いとすぐに気づいた。少女が目覚めてから行動に怪しい点がないか注意していたが、何かをとり出す仕草はまるでなかった。

  

「……ええっと。お薬の名前ですか? ナノマシンっていうのはスキル名ですか?」


 案の定少女は小首を傾げている。純粋そうなその姿は偽りを口にしているように見えない。

 嘘をついているわけではないらしい。この場で彼女が嘘をつく理由がないし、だまそうとする人物が自分を治療する可能性は低い。 


「あっ。もしかして傷薬や軟膏のことでしょうか?」

「それはあるのか」

「はい。ありますが……?」

  

 小さな両手を叩いた少女は、エリックの言葉に先ほどの同じように首を傾げる。

ダメだ。少女との会話にイマイチ齟齬そごが生じてしまう。原因があるとすれば、この世界について理解がないこと。


か)

 

「スキルっていうのを何か俺に教えてくれないか」


 解決策は簡単だった。わからなければ聞けばいい。知らなければこれから知ればいいのだ。幸いなことに答えてくれる相手はいた。


「えっ? スキルがなんのか、エリック様覚えていないのですか」

「ああ。まるで思い出せない。常識みたいなもので、誰でも使えるのか?」

「みんな知ってるとは思いますが、誰でも使えるというわけでは……。スキルにもいろいろありますし、強弱もありますが百人に一人くらいでしょうか」


 百人に一人。それは多いのか少ないのか。グルブの総人口がわからないだけに、いまいちわからない。


「……強弱っていうのは、たとえば、同じ火を出せるスキルでも、大きさが違ったり、一度に放出する量に違いがあったりとかか」

「はい。威力が大きいかわりに飛ばせる距離が短かったり、弱いかわりに遠くまで飛ばせたり……もちろん、その両方の能力が使える人もいます」 

 

 少女はさも当然だというように答えるがエリックにとっては人知を超えた力にしか聞こえない。少なくとも元いた世界では、道具もなしに発火させたり、傷の治療はできなかったはずだ。

   

「……なあ、スキルには種類があるっていったよな。だったら、何もない空間から、ナイフを出したりとかは?」

「わたしは見たことがありませんがいるとは思います。武器を召喚するスキルは比較的珍しくはないって、本で読んだことが……」


 だとしたら、野犬との戦闘で突然出てきたナイフはエリックがもつスキルだった可能性が高い。意図しないうちに使用していたということだろうか。


「スキルをもっていたとして、どう使えばいいんだ」

「普通に使えばいいと思います」 

「……普通に使えない場合は?」

「えっ? うーん……」

 

エリックの質問に、少女は困ったような返事をする。

 

「スキルをもっている人なら自然と使えるようになるものですから……。わたしもえいって感じで……」

「腕を動かしたり歩いたりするような感じなのか」 

「そうですね。近いと思います」

  

少女は納得したようだが、参考になる内容ではなかった。

エリックはいまナイフがほしいと心の中で思った。しかし、念じたものは、出てこない。おそらくまだ何かスキルを使ううえで足りない条件があるのだろう。

 

(どんな形でもいいから、この世界で重要な情報は、事前にほしかったな)

 

 怒ったわけではないものの、エクスにたいし、さすがのエリックも内心でそんな感情を抱く。    

 しかし、それで何か変わるわけではない。

 状況を変えるためには、行動するしかない。それが好転するかは悪化するかは別としていまのままでは停滞するのは確実なのだから。   


「ありがとう。おかげでスキルについてだいたいわかった」

「あ。は、はい。エリック様のお役に立てたなら幸いです……」

 

 エリックがお礼をいうと少女は深く頭を下げる。

 その顔が、暗がりで見えなくなりつつある。闇が濃くなってきている証拠だろう。 

話をしている間に、ランタンの灯りが一層弱くなっていた。もう数分もせずに燃料は完全に尽きてしまいそうだ。

 

「とりあえず、ランタンの灯りが消える前に地上へ上がらないか」 

「灯りが……。わ、わかりました」


 エリックの言葉に少女は頷くが、階段をのぼる直前で、立ち止まり地下室のほうを振り返る。


「……この部屋に何かあるのか?」

「いえ、なんでもありません」

 

 少女は首を横に振って、エリックのほうを向く。

  

 そうして、今度こそ二人は地下室を後にした。

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