3話 焼け朽ちた屋敷の地下室にあるものは
当初は、川沿いを歩いていたエリックだったが、遠くでかすかにあがる黒煙を見て向かう場所を決めた。
自然発火もあり得なくないだろう。だが、乾燥し高い気温ではないかぎり発生する可能性は低く、乾燥しているかはともかく、気温については涼しいくらいなので、危険性はない。
なら、誰かが火を起こしたと考えてもいい。少なくともただ川沿いを歩くよりは、人に会えるかもしれない。
けれど、煙に近づくにつれてエリックは気づいてしまった。
煙には、木々以外にも、脂肪や骨を燃やしたような嫌な臭いが混じっている。
だが、この鼻の奥にまで残る臭いは、ただ動物を焼いただけではならない。
人の焼けた臭い。鼻につく死臭は、エリックにとって嗅ぎ慣れたものであった。
しかし、死臭が濃くなってもその歩みを止めることはなかった。人がいる可能性をまだ捨てていなかったからだ。
とはいえ、混乱にこそ集まる輩もいる。略奪者や強盗の類いには注意しなければならないだろう。それにウイルスにおかされた死者の処分をしているのかもしれない。
何はともあれ、油断せず、最大限の注意はすべきだ。いまの自分は、非力で自衛する手段などないに等しいのだから。
警戒しながら、エリックがたどりついたのは、村らしき場所だった。
らしきというのは、木や煉瓦の民家は、焼けたり、崩れたりしていて、とてもじゃないが、人が住める一帯ではなくなっていたからだ。廃村と呼んだほうが正しいのかもしれない。
民家はどれも燃え続けていないが、煙もまだ消えていない。火災があったとしても、数日は経っていないはずだ。
それよりも目立つのはやはり転がっている死体か。
比較的外傷は少ないが死んでいるのは、一酸化炭素中毒が原因か。火傷が死因そうな人間の中には焼けた脂肪の中から骨が覗いたりもしていた。
エリックは、死体を冷静に観察していた。冷淡に淡々と何か手がかりがないのか目を配る。
自分にとっては、人の死など些細なことだったのだろう。だからこそ、エクスに悪神を殺してほしいと頼まれたのかもしれない。
比較的原形をとどめている民家を見つけては、エリックは中に入り、今後のために使えそうなものがないかを調べてみる。
しかし、役に立ちそうなものは出てこない。見つかるのは、子供や大人の死体。
家財らしきものは壊れるか燃え、食器類は割れ、食べものらしきものはすべて黒焦げ。時折出てくる手の平サイズの丸い銅の塊は、どれも灰で汚れている。
「……これなら使えるか……?」
いくつかの民家を探し、ようやくエリックが見つけたのは一本の包丁だった。
灰で汚れているが、根元は折れていないし、刃こぼれも少ない。あくまでも他に比べればマシていどだが、刃物として最低限の機能として利用できそうだ。
それにしても機械の類いが一つもないとは。ここは電気が通わないほどの田舎なのか、科学文明を毛嫌いしている新興宗教の村なのか。
誰かに話が聞ければいいのだが、生きている人間がまったく見つからない。
全員燃えたというわけではないのだろう。民家が燃えたことにより、生存者は別の場所へ避難したのかもしれない。
それでも、エリックは村を一通り調べることにした。
火災の被害はエリックが進むにつれて酷くなっている。死体の損害もだ。壁にこべりついたシミは、人体が高温で燃えたせいか。半焼どころか全焼している建物も多くなっていく。
エリックが何も収穫がないかと諦めかけたときだった。小さな民家しかない中、その建物だけは一際大きく、燃焼も一層酷かった。
民家というよりも規模からすると屋敷らしい。ここが火元なのではないだろうか。
しかし、この屋敷は、他の民家よりは距離がある。強い風でも吹いていなければ飛び火する可能性はまずないはずだ。
「……放火か」
ただ略奪をするのなら、わざわざ火を放つ必要はない。焼死した死体もなんらかの見せしめや行った人物たちのうっぷんばらしという線が濃厚だろう。
燃え尽きた屋敷をエリックが調べていく。
注目したのは瓦礫の隙間から覗いたあるものだった。
邪魔になっている木材子供の力で動かせそうなものだけ移動させ、少しずつ隙間を広げていく。
すると時間はかかりはしたものの、子供一人が通れそうなスペースを作ることができた。
「やっぱりか……」
出てきたのは下へ続く階段だった。石材だったおかげなのか燃えることはなく、火事でも形を保っていたようだ。
徒労に終わるかもしれないが、他よりは何かあると希望をもってもいいだろう。
エリックは包丁を正面には見えないように背後に隠しつつ、階段をおりる。
地下は奥に進み、暗くなっていた。
包丁をもたない手にあるのは、屋敷で見つけたランプだった。民家の燻っていた火と枯れた草で、なんとか火をつけたが、炎は頼りない。中の燃料が少ないのだろう。
幸いなことに光源が尽きる前に階段を終わっていた。
エリックは、ランプを突き出して、わずかな光で部屋全体を照らす。
地下は一見すると何もない小部屋だった。物や食料もなさそうだ。
(徒労だったか)
ため息をはいたエリックが自分の足下を照らす。
一瞬、黒い何かがふわりと舞ったが、よく見なくても、ただの燃えカスだった。そんなもの新しい発見には繋がら――
「あっ」
石畳の床で、白い髪をした少女が横になっていた。
少女は、寝間着のような簡素な服をまとっており、年齢はエリックより少しくらい年下くらいの十歳前後。
小柄な体格をしているのとランプの灯りが弱かったせいだろう。エリックは最初、彼女がいることに気づけなかった。
少女の肉体に傷や火傷など、目立った外傷はなく、規則正しい呼吸は、ただ寝ているだけのように思える。
どうやら生きてはいるようだ。苦労したかいがあったのか、なんとか生存者を見つけ出せた。
「おい、大丈夫か」
彼女は何か知っているだろうか。そう期待しながら、エリックは少女に近づき、何度か声をかける。
「……う、ぅぅん……?」
すると小さな声をともに目が開く。
彼女の赤い瞳は、薄暗い中でもはっきりとわかるほど濃く印象的だった。
「……? ――――!?」
少女は何かをいったが、エリックは、上手く聞き取ることができなかった。
起きたばかりで相手の呂律が回らなかったのか。それとも、彼女が口にした言葉が、エリックでは理解できなかったのか。
後者であれば、コミュニケーションをとるのは、難しい。
「待ってくれ。俺はあんたに害を及ぼすつもりはない」
エリックはそういいながら、何もない両手を前に向け、少女にたいし敵意がないことを証明する。
後ろにもっていた包丁をズボンと素肌の間に挟み、隠しながらであるが。
少女はこちらに疑惑の視線を向けている。エリックの見た目は子供だが、突然現れたことに戸惑っているのだろう。それに言葉が通じていなければ、こちらはただ意味不明なことをいっている不審人物でしかない。
「あ、あの……」
「えっ?」
そうエリックが思ったからこそ、少女の次の発言は、予想もしていなかった。
「エ、エリック・ウォルター様……?」
彼女はいったのだ。今日、この世界で第二の生命を受けたはずの自分の名前を。
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